バーネットの「新地政学:世界グローバル化戦略」
大きくわけると、ほぼ三つの理論(セオリー)のみによって成り立
っていることになっている。
参考までにその三つを具体的に挙げてみると、
1.リアリズム(現実主義)
2.リベラリズム(自由主義)
3.コンストラクティビズム(社会構成主義)、もしくは
その他(マルキシズム等)
ということになる。これをそれぞれものすごく簡単に説明すると、
以下のようになる。
1.リアリズムは「国際政治は力の闘争で成り立っている」という視
点から国際関係を分析し、
2.リベラリズムは「国際政治は人間の理性を信頼し、とくに経済な
どによる相互利益を活用すればうまくいく」という立場、そして、
3.コンストラクティビズムは「国際政治は政治を動かす人物たちの
使う言葉や考え方によって成り立っている」という分析の仕方を
する。
ということである。
もちろんどの理論が究極的に正しい、というのはなかなか判断がつ
けにくいのだが、「国際政治を戦略的に考える時にどの理論が有効
か」ということになると、がぜん1.のリアリズムが強いということ
になる。
事実として、第二次世界大戦直後からアメリカの国際戦略を考える
人間たちは、すべからくこのリアリズムという学問の分析法を使っ
て、「アメリカは世界戦略をどうするか」ということを、冷戦時代
を通じてずうっと考え続けてきた。
▼冷戦後のアメリカの戦略は?
ところが1990年代に入ってからすぐ、アメリカの戦略家たちに
とっては天地を揺るがすような事件が起こった。アメリカの長年の
「敵」であった、ソ連の崩壊である。
リアリズムからすれば、これはかなり理論的にはかなり「ありえな
い事件」である。なぜならリアリズムではその理論の前提として「
国家というものは、自国の存亡(サバイバル/生き残り)のために
命をなげうって戦争を起こすほどだ」という想定をしているからだ。
事実として、第二次世界大戦の時の日本はまさにそういう状態で泥
沼の戦いをしていた。マッカーサーの言う「日本が(大東亜)戦争
を戦ったのは、主に自衛のためだった」という米国上院委員会での
有名な発言には、一面の真実が含まれていたと考えるべきである。
ところがアメリカとソ連が対決した冷戦では、追い込まれていたソ
連が、戦争を起こさずに、しかも自国を崩壊させてしまったのであ
る。つまり、リアリズムの理論が教えていることとは全く正反対の
ことが起きてしまったのだ。
このような事情から、欧米の国際政治を論じるアカデミック界では
、冷戦直後から2.のリベラリズムや3.のコンストラクティビズムが
、一気に「リアリズム叩き」を始め、このような視点から、「アメ
リカはこうして行かなくてはならない」という風に書かれた文献が
、それこそ雨の後のタケノコ、いや、市場開放後の中国の工場のよ
うに、一気に増えてきたのだ。
それでもアメリカの戦略家たちにとっては、これがすぐさまリアリ
ズムの理論を否定する、ということにはならなかった。
理由は簡単。この理論を使うと「冷静に戦略的に考えられる」とい
う部分が、まだまだ有効だからだ。
事実として、アメリカの国際政治言論界でも、要所要所ではキラリ
と光を放つリアリズムの理論によって書かれた文献が、1990年
代を通じていくつか書かれて有名になっている。題名もかなり直球
勝負で、「アメリカのための大戦略」みたいなものが多かった。
▼「グローバリズム」の研究
ところが冷戦後の1990年代に入ると、アメリカの国際戦略云々
とは全く関係のないところで、社会学的なアプローチから「国際社
会のグローバル化」という現象をとらえて研究するものが多くなっ
た。
「グローバル化」(Globalization)というのは、アメリカ主導の
IT開発や、交通機関などの発達によって、世界の情報・政治・経
済・人的交流が密接になってきた現象のことを言うのだが、これが
なぜここで問題になってくるのかというと、今までの国際関係論の
三大理論というのは、結局のところは国際政治の実体というものを
「一つの変化しない型」として分析するものだったという部分があ
るからだ。
ところが90年代に入って盛んになった「グローバル化」という現
象の研究というのは、当たり前だが「世界が怒涛の流れで変化して
いる」ということを前提にして、その「ダイナミックさ加減」や「
移り変わりが与える影響」みたいなものを分析する。
ようするに、いままで国際関係論の理論などとは分析のアプローチ
が根本的に違うわけで、「ある一定の静止したモデル」を研究する
国際関係論の理論に対し、グローバル研究のほうは「流れものの、
水もの」を研究するといえるのだ。
これをいいかえれば、国際関係論の三大理論のほうが「国際政治は
どういうものか?」という質問設定をしているのに対して、グロー
バル化の研究のほうは「国際政治はどう変化しているのか?」とい
う質問設定をしているのだ。
グローバル化についての研究として有名なのは、一般書の分野では
なんといってもトーマス・フリードマンというニューヨークタイム
ズのユダヤ系名物コラムニストによって書かれた『レクサスとオリ
ーブの木』(1999年刊)という本である。
現在はこの続編とも言える"World is Flat"という本が欧米でバカ売
れしており、邦訳ももう間もなく出ることになりそうだ。
アカデミック界のほうではデヴィッド・ヘルド(David Held)とい
うロンドン政経学院(LSE)の教授の研究が特に有名であり、著
作の数も膨大である。日本でも何冊かは邦訳が出ているので、その
分野ではそれなりに知られている。
この「グローバル化」の研究なのだが、すでに述べたような、動き
や変化そのものにあまり注目していない国際関係論の三大理論とは
考え方が根本的に違うため、ここからアメリカの戦略を考えるとい
うところまで考えられたものはほとんどなかった。
たしかに「グローバル化はアメリカの陰謀だ」とか「アメリカ主導
のグローバル化を批判する」というような内容のグローバル化系の
本は掃いて捨てるほど出版されたのだが、これを「行う側」から戦
略的に論じたものはほぼ皆無だった。
その証拠に、『レクサス~』においてフリードマンは「グローバル
化は自然に進行していくプロセスなのだから、この波に乗り遅れな
いようにしないといけない!」という感覚で書かれており、フリー
ドマンは「グローバル化を利用してアメリカは世界展開せよ!」み
たいな戦略的なことはあまり主張していない。
▼バーネットの「グローバル化戦略」
ところが2004年に入ってから、このようなグローバル化の視点
を持ちつつ、アメリカの国家戦略に結び付けて論じた本が登場した。
トーマス・バーネット(Thomas P.M. Barnett)という海軍大学の
教授が「エスクワイア」という雑誌向けに書いた記事を元にして膨
らませた『ペンタゴンの新しい地図(The Pentagon's New Map)』
という本である。日本では『戦争はなぜ必要か』というタイトルで
邦訳本も出ているので見かけたことのある人もいるかも知れない。
この本で述べられていることを簡単にまとめて言えばこうなる。
まず冷戦後のアメリカの戦略はどうあるべきかと考えると、アメリ
カにとってはソ連のような「最大の敵」がいなくなってしまったと
いう事実がまず大きい。ところが冷戦後でもスケールの小さい地域
紛争は多発しているし、アメリカとしても必要に迫られて軍事介入
しなければならいケースもあった。
しかしアメリカのペンタゴン内部では、結局のところでは対処療法
的に軍事介入しているだけで、大きい意味では自分たちが一体これ
から何を目指しているのか、国際戦略としてどうして行こうとして
いるのか、自分たち自身でさえ認識できないでいたのだ。
ところがバーネットは、冷戦後にアメリカが武力介入していた地域
を分析してみて、あることに気がついた。
それはアメリカが冷戦後に軍事介入してきた地域のほとんどが、「
グローバル化の進んでいなかった地域」に集中していたという事実
である。しかもそれとは対照的に、グローバル化が進んだ地域では
、アメリカがわざわざ介入しなくてはならないような軍事紛争はほ
とんど起こっていないのだ。
ここでバーネットがひらめいたのが、「コア」(Core)と「ギャッ
プ(Gap)」という世界の単純な色分けである。つまりグローバル化
が進んだ地域が「コア」で、進んでない地域が「ギャップ」という
わけだ。
バーネットが冷戦後のアメリカの軍事政策を分析してみた時に見え
てきた大きな地図というのは、単純にいえば、世界警察のアメリカ
が主に「ギャップ」という「田舎」だけで紛争介入しており、「コ
ア」という「都会」ではほとんど用無しであった、ということを教
えていたのだ。
これを踏まえてバーネットは、世界警察であるアメリカがこれから
目指していかなければならないのは、結局のところは「世界をグロ
ーバル化させる」ということではないか、と考えた。
そこから方法論として出てくるのが、「それだったらアメリカは自
ら進んで紛争の温床である"ギャップ"を縮める努力をすればいい」
、ということになる。これを単純にいえば、「世界を都市化して田
舎を少なくせよ」、つまり「積極的に世界のグローバル化を推進せ
よ!」ということにならざるを得ない。
受身の状態だと思われていたアメリカの軍事政策なのだが、実は無
意識的にある一定の方向へ向かっていた、とバーネットは気づいた
のだ。だったら積極的に意識して行け!というのが彼の提言の真髄
である。
▼バーネットの理論と地政学の理論
このようにバーネットは「グローバル化推進」というアメリカの進
む方向、もしくは使命のようなものを提言したわけなのだが、この
ように大きなビジョンによる進むべき方向性を示すことは、特に冷
戦後のペンタゴンの指導部のような組織にとってはありがたいこと
になる。
なぜなら、少なくとも自分たちがどの方向に向かっているかを教え
てくれることにより、細かいことを気にしなくて済むからだ。よい
意味で「思考停止」の状態を与えてくれるわけであり、しかもやる
べきことが明確になるから、仕事もしやすくなる。
このような大きなビジョンによる「大戦略の構築」という意味では
、彼の戦略は「地政学」(ジオポリティクス)という学問と非常に
密接な関連性を持っていることがよくわかる。
「地政学」というのは、思いっきり単純に言えば「国家戦略のため
の学問」のことだ。
この地政学というのは、歴史的にナチス・ドイツとの関連からその
名前が忌み嫌われているのだが、欧米のアカデミック界では、その
ような地政学の伝統が、リアリズムの中の「グランド・ストラテジ
ー(大戦略)」という分野の議論の伝統へと忠実に受け継がれてい
る。
近代地政学の祖とされるイギリス人のマッキンダーは、二十世紀前
半に地政学の理論を構築する際に、これからイギリスのとるべき大
戦略とは「自国をシーパワーであると自覚しつつ、ランドパワーの
勃興を抑えること」と位置づけたのだが、ここで注目すべきなのが
、マッキンダーの言う「シーパワー」と「ランドパワー」という二
分法である。
簡単にいえば、「シーパワー」とは海洋的な戦略志向を持つ島国国
家のことであり、「ランドパワー」とは大陸的な戦略文化を持つ陸
国家のことである。
マッキンダーはこのように世界を二つの異なる戦略文化の陣営にハ
ッキリと色分けして、「世界の歴史はこの二つの陣営の戦いである
」、と断言した。イギリスは海洋国家なのだから、陸、つまりユー
ラシア大陸から脅威を出さないようにしなければならない、と言っ
たのである。
意外かもしれないが、アメリカもその実態は海洋国家であり、戦略
文書などを読むと「島国意識」というものが非常に強いことがよく
わかる。本当に優秀なアメリカの戦略家たちは、自分たちを「ヨー
ロッパ(つまりユーラシア)大陸の沖にある島国だ」と本気で考え
ているのだ。
よって、アメリカも当時のイギリスにならって、海洋国家戦略を志
向しつつ、ユーラシア大陸から脅威を出さないような戦略をとって
いることは言うまでもない。
ここでなぜこの地政学とバーネットが関係してくるのかというと、
それは他でもない、バーネットの「世界グローバル化戦略」という
ものが、地政学と同じような二分法的な対立によって描かれている
からだ。
地政学の祖であるマッキンダーは、「シーパワーとランドパワー」
という風に世界を二分的に見たというのはすでに述べた通りだが、
新世代のバーネットのほうは、冷戦後のアメリカの戦略を提言する
際に「コアとギャップ」という二分法を提唱したのである。
傍目にはこの二つの二分法の基本的な概念はそっくりであるし、世
界地図を使ってビジュアル的に説明しているやり方もそっくりであ
る。
ところがこの二人には決定的な違いがある。
それは、旧世代のマッキンダー及び彼を受け継ぐリアリストたちが
「シーパワー(イギリス、アメリカ、日本)はユーラシアからのラ
ンドパワーの脅威(ナチスドイツ、ソ連、そして中国)に備えなけ
ればならない」と言って、どちらかといえば対決的な姿勢を示して
いたのに対し、バーネットのほうは「コア(アメリカ・日本を含む
いわゆる先進国)はギャップを取り込んでいかなければならない」
ということを主張したことだ。
これを簡単にいえば、
―旧地政学:「シーパワーとランドパワーの対決」
―新地政学:「コアによるギャップの同化」
ということになるのだ。この際に、バーネットの理論でカギとなる
のが、「つながり(connectivity)」というコンセプトだ。
なぜなら、この「コア」と「ギャップ」、つまりは世界の「都会」
と「田舎」を区別しているのは、グローバル化している世界とどれ
だけ「つながっているかどうか」という度合いだからである。
つまりバーネットは、世界の田舎を都会化させて"つなげる"ことが
世界の安全保障、ひいてはアメリカの安全保障に"つながる"という
ことを言ったのだ。
マッキンダーのような「ランドパワーを外側からけん制して封じ込
めよ」という「分離政策」とは根本的に違い、バーネットのほうは
「関与政策」を勧めていることになる。
▼新しい本で示された具体的な政策
バーネットがアメリカの戦略家たちから熱い注目を浴びた『ペンタ
ゴンの新しい地図』では、以上のようなことが論じられたのだが、
その続編というものが今年の夏にアメリカで発売された。
その名も『行動のための青写真:理想的な未来のかたち』
(The Blue Print for Action: A Future Worth Creating)という
題名であり、一冊目で示された戦略的ビジョンを達成するための行
動指針という位置づけで書かれている。
日本ではメディアの注目が低く、現在では韓国の新聞の日本語サイ
トで「バーネットが新刊で北朝鮮をつぶせと言っているぞ!」とい
う感じで報道しているものが目に付く程度だ。
私もこの報道を目にしてから本を買いに行ってくわしく読んでみた
のだが、たしかに北朝鮮をつぶせということが書いてある。
ところがそこに至るまでの理由づけというのは、ニュース記事の紹
介でわかるような単純なものではない。バーネットは彼独自の「グ
ローバル化戦略」の考えから、かなり大きな地政学的な変化を及ぼ
すような、過激で大胆な戦略の一環として「北朝鮮をつぶせ」と言
っているのであり、北朝鮮などは大きな戦略地図の、ほんの一部の
枝葉の問題でしかないのだ。
また、こんな大胆なことが書かれても、「所詮はたった一人の元軍
人が書いたものだ」として無視することもできよう。
ところがこのバーネットという人物はかなり曲者である。なぜなら
彼はアメリカ国防省(ペンタゴン)の中の一部の声を代弁している
と考えられているし、実際に彼の理論は前著の発表のころからアメ
リカ中の戦略家や政治家の間でもかなり注目され、浸透してきてい
るからだ。
バーネットは海軍大学の教授という役職につきながらペンタゴンで
アメリカ軍の軍事革命(RMA)に関する政策作成にも関わってい
たし、これは私が個人的にも聞いた話なのだが、軍需関連の戦略家
のほとんどは、去年の末の時点ですでに彼のブリーフィングを受け
ている。
政治家の方面や評論家、そしてメディアの注目もあるため、その影
響力は無視できないものになっているのだ。
アメリカのこれからの軍事・政治戦略を占う上で、このバーネット
の新しい地政学を知ることは日本のこれからの国際戦略を考える意
味でもかなり重要な作業となるはずである。
簡潔にいえば、バーネットの大戦略の新しさというのは、従来の国際関係論の理論から引き出されるような「静止したモデル」から導き出されるものではなく、冷戦後の世界の「グローバル化」というダイナミックな流れを意識して、これに順応したアメリカの戦略を立てようという、というものであった。
これをうまく説明するために、バーネットはアメリカの戦略家たちの話題をさらった前著の『ペンタゴンの新しい地図(邦題:戦争はなぜ必要か)』において、世界には「コア/都会」や「ギャップ/田舎」という二つの地域があり、アメリカはグローバル化を主導するという立場から、この「コア」という都会の地域を拡大し、「ギャップ」という田舎を縮小していかなければならない、という大きな戦略を打ち出したのだ。
世界をこのように二つの地域に区別し、そこから大きな戦略を導き出すというのは、まさに古い形の「地政学」の方法とそっくりなのだが、それとの大きな違いは、バーネットのほうが経済・法律・社会的な結びつき、つまりコアとギャップの国や地域の間にある「つながり」(コネクティビティ)というものを重視したことである。
バーネットの言いたいのは、結局のところは「つなげて都会化してしまうことがグローバル化時代のアメリカの戦略だ」ということであり、国際関係論で言えば、まさに新しい「リベラリズム」(自由主義)の理論そのままなのだ。つまりクリントンが大統領時代に国策として行っていたように、国と国とを経済的に結びつけてしまえば紛争がなくなる、ということに他ならない。
旧地政学やリアリズムが得意としていた大戦略の構築の際に、新しいグローバル化の研究と、ジョセフ・ナイやロバート・コヘインで有名になった「複合的相互依存」(complex interdependence)というリベラリズムの概念を一歩進め、「ギャップ」を縮めて世界中の国家の「つながり」を増加させよ、と主張することにより、バーネットはアメリカの新しい大戦略を提唱する、新世代のヒーローになったのである。
▼ バーネットの新刊の内容前著『ペンタゴンの新しい地図』で示されたこのような戦略を、バーネットはこのたび出版された新著『行動のための青写真(A Blue Print for Action)』で、さらに具体的な形で発展させている。
内容的には奇抜と思われるような提案もけっこう含まれているのだが、グローバル化推進、ギャップ縮小という筋はしっかり通してあるので、なかなか説得力のある面白いものになっている。
また極めて重要なのは、本書にはこれからのアメリカの世界的な軍事再編や、それに関して過去数年にペンタゴン内部で行われていた議論がよくわかる、という点だ。もちろん内容はかなり高度なのだが、親切な専門用語の解説もあり、文体も口語的にくだけて書かれていることもあって、この手の分野の本としてはかなり読みやすくなるよう工夫がされている。
では具体的にその内容を見てみよう。まず本書は大きく見ると五章に分かれているのだが、細かく見ると、以下のようになる。==============================まえがき専門用語の説明
第一章:"戦闘部隊"と"平和維持部隊"との区別第二章:対中東・テロ戦略の説明第三章:対アジア戦略の説明第四章:ギャップ縮小しなければいけない理由第五章:グローバル化の歴史が教える「アメリカの使命」
結論:これから出現する未来のヒーローたちあとがき:未来のブログの見出し
==============================前稿で紹介した韓国の新聞のウェブサイトに報道されて話題になった部分は、最後の「あとがき」の部分にのっていた、五年ごとのブログの見出しによる未来像の紹介の部分からの引用である。
たしかにバーネットは「2010年のブログの見出し」として、金正日が政権から引きずり降ろされたという未来予測をしているのだが、これは基本的には5年ごとに区切って未来予測したものを2025年の時点まで四つに分けて書いてある最初の予測のごく一部からの引用だ。他にも面白いものがけっこうあるので、これらも後ほど紹介していくことにしよう。
それでは各章のポイントを、それぞれ細かく見てみよう。
▼ 第一章この章のタイトルは"What the World Needs Now"、つまり、「世界が今もっとも必要としているもの」ということになるのだが、彼の言いたいことを簡単にまとめれば、ギャップ縮小戦略のためには、アメリカは軍隊を"戦闘部隊"と"平和維持部隊"という役割にハッキリとわけて考えるべきである、ということにつきる。
まずバーネットは軍隊における"戦闘部隊"のほうを、イギリスの大哲学者トマス・ホッブスが聖書に出てくる海の怪物を主権国家になぞらえて有名になった名前を借りて、「リヴァイアサン部隊」(Leviathan forces)と名づけている。
それに対して"平和維持部隊"には、なぜか「シスアド部隊」(SysAdmin forces)という奇妙な名前をつけているのだが、これは「システム・アドミニストレーション」(System Administration)という言葉を略したものであり、彼自身でも「IT慣れした新世代にアピールするようにつけた名前だ」と書いている。
これを直訳すれば「システム管理部隊」ということになるが、まあ日本語訳では「平和維持部隊」というほうがわかりやすい。
ではバーネットがなぜこのように軍隊の機能をわざわざ区別するのかというと、彼にすればアメリカの世界ギャップ縮小戦略の際に最も大切になってくるのが、軍の上層部が「戦闘部隊」と「平和維持部隊」という役割分担を意識することだからだ。
たとえば今回の第二次イラク戦争。
アメリカは軍事的、つまり「戦闘」では、たしかに圧倒的な力を見せ付けてイラク軍に勝利したわけで、フセインをとらえて政権から引きずり降ろし、イラクという国の外科手術には大成功している。ところが占領後の統治、つまり「平和維持」という面では成功しているとは言いがたい。
バーネットに言わせると、これはペンタゴンの内部で「リヴァイアサン」と「シスアド」の役割分担がハッキリなされていなかったからだ、ということになる。
つまりアメリカ軍の「リヴァイアサン」は、圧倒的なテクノロジーを背景とした破壊力で立派にその役目を果たしたのだが、肝心の「シスアド」の機能を軽視していたというのだ。なぜなら占領統治を行う「シスアド」のほうには、機械ではなく、人手によるノウハウ等の大量のマンパワーが欠かせないわけで、ただ破壊することよりも難易度が高いのだ。
これはヤクザの場合で考えてもよくわかる。
「リヴァイアサン」というのはつまり「ヒットマン」ということであり、縄張り争いの際に他の組の事務所などに切り込みにいく特攻隊的な役割を果たすのだ。かなり勇気のいる仕事だし、失敗したら殺される危険もある。
ところがそれよりもむずかしいのが、自分たちの「シマ」を確定したあとのシスアド的な作業、つまり占領・統治であり、ショバ代の徴収やボディーガード的な作業がこれにあたる。ヒットマンの数は少数でもいいのだが、シマの統治には人数と時間、つまり組の組織力というものが必要になってくるのだ。
ネオコンの論者として有名なチャールズ・クラウトハマーも、ワシントンポストに何年か前に書いた記事で「イラク戦争の戦闘はアメリカ軍だけがやり、あと始末の平和維持活動などは国連軍などにやらせろ」ということを書いていたと記憶するが、彼が言っていたのも、ようするにこの「リヴァイアサン」と「シスアド」の区別を言っていたにすぎない。
つまりクラウトハマーが言いたかったのは、アメリカはヒットマン的な作業だけやればいいので、あと始末はすべて国連や多国籍軍にまかせろ、ということだったのだ。
イラク戦争でハリバートンなどの軍事企業にペンタゴンが仕事を外注するという面がクローズアップされたのも、バーネットの理論から言えば、つまりはアメリカが「シスアド」的な面を軍だけではまかないきれなくなったからだ、という事情が絡んでいることは言うまでもない。
ちなみにバーネットはアメリカ軍の軍事外注には反対の立場をとっており、こういう「シスアド」的な仕事もアメリカ軍がやらなければならない、としている。
▼軍部内での対立構造バーネットはこのような軍の役割分担を、「軍事革命」(RMA)におけるペンタゴン内の対立構造にすでに見て取れるということをハッキリ書いており、とても興味深い。この対立構造は、以下のような二つの陣営にわかれてくる。
リヴァイアサン vs シスアド戦闘部隊 vs 平和維持部隊戦争に勝つ機能 vs 平和を保つ機能空軍 (海軍) vs 陸軍・海兵隊機械 vs 戦士ラムズフェルド長官 vs シンセキ参謀総長A・マーシャル vs T・ハメスNCO vs 4GW
また、バーネットはこのような対立がアメリカの「防衛知識人」(defence intellectuals)と呼ばれる戦略家の間でも表面化したことを指摘しているのだが、これは私も個人的に知っていることだったので非常に印象に残っている。
これは具体的には海兵隊の将校トーマス・ハメス(Thomas Hammes)が書いた『The Sling and the Stone』という本で提唱された「第四世代戦争」(Force-Generation Warfare:4GW)という概念が出てきたことによってハッキリしてきた。
私は去年、この本を防衛知識人のサークルのある人物から読めと強く勧められたのだが、海兵隊の将校が書いたことからもわかる通り、この本の中では米軍にはテロ戦争という新世代の戦争を戦うための、いわゆる「シスアド」的な機能を強化することが大切である、ということがまんべんなく主張されている。
ちなみに軍事革命という概念の元祖といわれるアンドリュー・マーシャルが、これとは反対に主張しているのがこの「ネットワーク・セントリック・オペレーション」(NCO)という概念であり、空軍・海軍を中心にITでネットワーク化して徹底的に軽量化することによって、米軍の戦闘能力、つまり「リヴァイサン」的な機能を高めようとしているのだ。余談だが、いわゆるミサイルディフェンス構想(MD)というのも、とどのつまりはこのNCOの一つの形態であると言ってよい。
バーネットはまた、ラムズフェルド国防長官とシンセキ参謀総長(当時)の対決が、まさにこの「リヴァイアサン」と「シスアド」の対立がペンタゴン上層部で政治問題になっていたことを指摘している。
この二人の対決は、そもそもイラク戦争にどれだけ兵隊が必要かということで意見がわかれたことに端を発しているのだが、陸軍出身の参謀であったシンセキ(日系人)は「多数の人員が必要だ」とする「シスアド派」であり、一方、空軍の深いコネクションを持つラムズフェルド(及びネオコン)は、「少ない人員で平気だ」とする「リヴァイアサン派」だったのだ。
バーネットはこのような対立が起こることがそもそもおかしいと主張している。
つまりラムズフェルドやネオコンは「リヴァイアサン」によってイラクを倒すには少ない数の兵士でよいと言っていたのであり、シンセキ参謀はイラクの占領統治にはもっと莫大な人数が必要であると言っていたのだ。つまり両方とも正しかったわけであり、「リヴァイアサン」も「シスアド」も、両方とも強化しなければならないとバーネットは主張しているのだ。
このような対立から類推してわかるのが、アメリカが軍事革命によって行っている空軍・海軍主導による軍事再編というのは、とどのつまりはアメリカの「リヴァイアサン(戦闘)部隊」への特化事業である、ということなのだ。
たとえばアメリカは沖縄から海兵隊(=シスアド部隊)を7000人撤退すると発表しているが、それとは対照的にグアムやインド洋に浮かぶディエゴガルシアなど、ユーラシア大陸から遠隔地にある基地では、空軍や海軍を中心とする米軍のリヴァイアサン的な機能は強化されつつあるのだ。
まさにバーネットの説明した対立構造のままに軍事革命(RMA)が空海軍主導で進んでいることがうかがえるのだが、バーネットはそもそも「海兵隊を陸軍に組み込んでシスアド部隊として一体化させろ!」と主張しているくらいだから、RMAの政策作成に深く関わっていた人物という立場から、このような「リヴァイアサン主導」の軍事再編のバランスの悪さに我慢ならなかったところがあるのだろう。
また、バーネットは国際裁判所(ICC)の機能がアメリカ軍に及ぶことにも反対している。その理由なのだが、アメリカの「リヴァイアサン」という戦闘部隊に「殺す」という役割があるので、戦争犯罪的な罪からは逃れるように配慮しておかないとまずいことになる、という所にある。
バーネットのこのよう主張から垣間見られるのは、アメリカは世界の警察官である、という思想であり、現在のアメリカは世界警察の機能の中でも、とくに特殊部隊(SWAT)的な面、つまり「リヴァイアサン」的な部分だけやって行こうというバランスの悪い考えをしている、ということである。
▼ 第二章この章のタイトルは「Winning the War through Connectedness」、つまり直訳すれば「つなげることで戦争に勝つ」ということなのだが、具体的には「中東対策、とくにテロ戦争をどうすればいいのか」ということが書かれている。
まずこの章のはじめを読んでビックリするのは、バーネットが自分の四人目の子供を養子にしており、その子をなんと中国から迎え入れた、ということを書いていることだ。
後の章でも書いているが、この子供を養子にした日付が2004年の8月15日であり、なんとも因縁めいた日付を選んだものだと感心してしまう。中国ネタについては次の章で触れられているので、細かい解説も次の章の部分で触れることにする。
第二章のはじめでは、バーネットはブッシュ・ジュニア政権が特に2001年のテロ事件のあとにとり始めた「中東全域グローバル(民主制)化構想を全く否定してはいない。しかし自分の戦略ではこれが「中東におけるビッグバン」(Big Bang on Middle East)となるべきだとしている。
シャランスキーというユダヤ系の知識人の意見に触発されたブッシュの場合は、中東のすべてを民主化することによりテロを撲滅しようという野心的なスタンスをとっていたのだが、バーネットの場合は「民主化させるかどうか」ということは問題にしていない。彼にとって重要なのは、政治制度の質ではなく、その国の社会がグローバル化によって世界とつながっているかどうか、という部分のみだからだ。つまり「つながって」さえいれば、独裁でもなんでもかまわないのだ。
その他にも、バーネットは9/11以降の「テロとの戦い」というのものが、特定の個人を捕まえる作業、つまりアメリカという世界の警察官が、オサマ・ビンラディンやサダム・フセインのような、特定の犯罪人を追及するような形になったということを示している。
たしかに「テロとの戦い」というものは、知識人や戦略家の間では「戦争」(War)なのか単なる「犯罪行為」(Criminal Act)なのかという部分で議論を交わされてきた部分がある。バーネットはハッキリとは断言していないのだが、テロとの戦いはつまり「テロという個人の起こした犯罪の取り締まりである」という立場をとっていることがよくわかる。
すでに述べたように、テロというのはすべて「ギャップ」、つまり世界の田舎の地域で起こっているという認識をバーネットは持っているのだが、ここを「コア」という都会にしてしまえばテロという犯罪の温床がなくなってしまう。
だから何はともあれ「民主化」よりも「都会化」のほうが大切だということになるのだ。
▼中東グローバル化に必要な大胆な提言このような考えを基礎におきながら、バーネットはテロ撲滅の一番の近道は中東全域へのグローバル化(民主化ではない!)を促進することであり、それにはまずパレスチナ問題やイラン問題を解決することが重要だと説いている。
それにはどうすればいいのかというと、なんと大胆に「パレスチナに国家を与え、イランを核武装化させてしまえ」というのだ。ここが普通の単なるリベラルとバーネットの大きな違いである。
なぜイランに核武装をさせてしまうことが良いのか。
バーネットにすれば、アラブ全域にはイスラエルに対する劣等感がある。つまり何度かの中東戦争でもアラブ連合は、イスラエルに軍事的に一度も勝てなかったという不名誉な実績がある。だから逆にイスラム圏の最大国家であるイランに核武装をさせてしまえば、ひとまず彼らのユダヤ人国家に対する軍事的な劣等感は解消されるだろうし、大規模な戦争を起こそうという気も少なくなるだろう、ということなのだ。
イランの安定というのは、カスピ海周辺で資源を欲しがっているインドや中国のエネルギー政策にもポジティブな影響を及ぼすことになる。またイランはイラクの多数派であるシーア派とのかかわりがあることから、この国に影響力を持たせれば隣のイラクの安定にも貢献するようになるという魂胆なのだ。
つまりアメリカはイランに「コア側」としての力をつけさせ、中東地域でのリーダーシップを発揮させたいということなのだ。これが終われば、次はアフリカと中央アジアのほうにも本腰を入れてグローバル化に取り組めるからだ。
このような大胆な提言のほかにも、バーネットは第二章の最後で「世界貿易機構」(World Trade Organization:WTO)をマネして「世界対テロ機構」(World Counterterrorism Organization: WCO)を作れ、などと提案している。
これは結局のところは彼の言う「コアという都会主導のルールセットを統一させて、ギャップという田舎にも守らせろ!」という彼の「コア主導のグローバル化戦略」の適用であるのは間違いない。
ところがすでに述べたように、アメリカ軍には「リヴァイアサン部隊」という強力な「ヒットマン集団」があるわけで、この機能を損なわないためには、アメリカは「国際犯罪裁判所」(ICC)から戦闘行為に関する罪の是非を問われないようにしておかなければならない、ということになる
つまりバーネットは、国際的な統一裁判機構のようなものができるまで、アメリカは正義のためなら犯罪人の人権も無視するようなダーティー・ハリー(クリント・イーストウッド主演映画の主人公)のままで行け!ということを言いたいのである。
なんだか不公平なような気がするが、バーネットの中では世界の警察官であるアメリカには天から受けた使命があると考えているため、このような主張をしても彼自身の内部には矛盾がないことになるのだ。
▼第三章
前回ではバーネットの新刊『Blue Print for Action』の第二章まで
の内容を説明したが、今回は第三章以降の紹介をする。
最初の二つの章で、バーネットはグローバル化戦略に必要なものと
して、まずは「戦闘部隊」、つまり「リヴァイアサン部隊」と、「
平和維持部隊」、いわゆる「シスアド部隊」というものの両方の役
割をバランスよく発展させることが重要であると主張しており、こ
れを踏まえた上での中東地域に対する具体的なグローバル化戦略な
どをくわしく説明したことはすでに述べた通りである。
そしていよいよ第三章では、日本も絡んだ「東アジアグローバル化
戦略」について細かく述べている。
この章のタイトルは「東(アジア)を安全にすることによってコア
を拡大する」(Growing the Core by Securing the East)というも
のなのだが、実質的にはアメリカの「対東アジア戦略」を簡潔に述
べたものであるといえる。
まずこの章は今後のアメリカの外交政策の重要課題となる対中国戦
略の説明からはじまるのだが、その前に結論として、彼は東アジア
に北大西洋条約機構(NATO)のような組織をつくり、そこに日
本や統一朝鮮(!)だけでなく、中国とインドも参加させるという
大胆な構想をいきなり述べているのだ。
▼「超親中派」のバーネット
すでに述べたが、バーネットは二〇〇四年の八月十五日に、自分の
四人目の子供として中国生まれの女の子を養子に迎えている。この
ことからもわかる通り、彼はアメリカの戦略家ながらも、極端な親
中派であることがうかがえる。
養子を迎えるというのは、中絶を拒否する彼の宗教(カソリック)
とも関係あるのかも知れないが、とにかくアメリカの戦略家として
はかなり型破りである。なんせ自分の家族に中国人の女の子を迎え
ているくらいだから、アメリカの潜在的な敵国となる中国と衝突さ
せないという強い覚悟が彼の行動からハッキリとうかがえるからだ。
彼がどのような経緯からこのようなことを思い立ったのかはくわし
く述べられていないのだが、バーネットの一冊目の本の中国語訳は
北京大学で出版されており、彼はそこで何回か講演も行っていて、
豪華なレストランで中国政府の要人たちと歓談している様子なども
記されている。これらのエピソードからもわかる通り、バーネット
は中国政府のエリート層ともかなり深いつながりがあることが見て
取れる。
余談だが、バーネットはそのような人物たちから「中国政府のため
の戦略家にならないか?」とかなり本気で(?)話を持ちかけられ
ているほどだ。谷垣財務大臣や橋本元総理のように、すでに中国政
府から寝技をかけられているのでは?と勘ぐりたくなってしまう。
まずこの章でバーネットが主張していることで最も注目すべきなの
は、「今の中国は、十九世紀後半頃のアメリカと同じ状況である」
というものだ。このような比較というのは、日本人の私たちからす
れば明らかに怪しいものなのだが、アメリカの戦略家の間では意外
と単純に受け入れられているものだ。
たとえばYS氏が以前この国際戦略コラムでも紹介された「フォー
リン・ポリシー」という雑誌で行われたブレジンスキーとミアシャ
イマーの討論があるが、そこでも「十九世紀後半のアメリカ」と「
現在の中国」は、「多民族国家による新興国」という意味では状況
が似ていることを前提にして、激しい議論が交わされている。
ではバーネットが中国政府の独裁的な面に批判的ではないかという
と、そういうわけではない。
彼の場合は、いずれ中国が完全にグローバル化に組み込まれるとそ
ういった独裁的で閉鎖的な部分も開放的にならざるを得なくなるか
ら、当面の独裁状態には目をつぶっておこう、ということなのであ
る。その証拠に、バーネットはこのままの状態が続けば、中国は
2025年までに民主化するとハッキリと明記しているほどだ。
なぜここまでバーネットが「中国はアメリカの敵にはならない」と
楽観視できるのかというと、やはり昔のアメリカとの対比である。
たとえばバーネットは「アメリカは世界で最も長期間、多民族によ
る政治・経済体制を維持できた成功例であり、逆に中国は世界で最
も長期間、多民族による政治・経済体制を維持できなかった失敗例
である」ということを述べている。つまり基礎的な部分では似通っ
ているという、アメリカの知識人にありがちな中国に対する幻想を
匂わせているのだ。
その次に、どんな国でも新興国の時は政治体制が独裁的でないとや
っていけないものだ、ということも述べている。アメリカもその例
にもれず、十九世紀末の上り坂を駆け上がっている時は今の中共政
府ほどではないとしても、アメリカ中央政府も掌握力が必要だった
から、というのがその理由である。
また、バーネットは中国の掲げる共産主義も、ただの建前/念仏で
あるということには充分気がついている。たしかに現在のアジアで
は中国がその周辺国を「資本主義」で牽引している面が大きいし、
バーネットはこれを「逆ドミノ現象」(reverse domino effect)だ
と指摘しているほどだ。
このように中国のグローバル化、つまり国外とのつながりだけでは
なく、国内の「都会化」をも大歓迎するバーネットなのだが、彼に
とって何が一番怖いのかというと、それはズバリ、中国の鎖国化で
ある。
これもアメリカのリベラル派、グローバル化派の意見として根強い
典型的な意見だが、もし中国を鎖国化により世界市場から失ってし
まえば、世界で進行中のグローバル化という動き自体も止まること
になる、だからある意味で、中国を世界経済に組み込むことこそが
大国間戦争防止の最後の砦だ、ということになるのだ。
この延長線上で、バーネットは台湾問題についても記している。結
論からいえば、彼は台湾の独立は支持しておらず、将来的にもムリ
だろうといっている。
だから独立を宣言せずに現状維持で行けということなのかといえば
、そうではない。それよりもむしろ台湾は中共に吸収されるべきだ
という、驚くべき発言をしているのだ。
理由は単純である。台湾が中国に組み込まれると、それにつられて
民主化された台湾が本土全体に民主主義的な面でポジティブな影響
を与えるからだ。つまり、台湾吸収によって中国側もグローバル化
の影響をさらに受けるから良い、ということになる。
▼北朝鮮をどう料理するか
このように超親中派的な発言を繰り返すバーネットだが、北朝鮮に
対しては手厳しい。この主な理由はすでに皆さんもお分かりの通り
、「北朝鮮がグローバル化しないから」である。
対中国戦略を述べたあとのバーネットは、コアには新・旧二つのタ
イプがあり、アメリカは「新コア国家」と性格的に近いものを持っ
ているというのだ。これを以下にあげてみると、
新コア国: 中国、インド、ロシア、ブラジル、アメリカ
旧コア国: 西ヨーロッパ諸国、日本、
ということになる。バーネットはアメリカがグローバル化の速度を
増加したがっている点から新コア国に分類されるというだが、グロ
ーバル化戦略を推し進める際に重要になってくるのが、新コア国と
旧コア国を衝突させないことだと説く。
概して旧勢力というのは新興勢力に対して恐怖を感じやすいもので
あるし、ここから様々な紛争が起こりやすくなるのは事実なのだが
、バーネットにとって重要なのは「とにかくコアを拡大すること」
なので、ここでコア同士が無駄な紛争をするべきでないし、またで
きないだろうというのだ。
ところが北朝鮮のようにグローバル化しない国に対しては、バーネ
ットは冷酷で容赦がない。たとえばアメリカが日本と共同開発しよ
うとしているミサイル防衛計画があるが、これは直接的、建前的に
は北朝鮮の脅威によるものであるため、北朝鮮の脅威が消滅しない
限りは計画が推進されてしまうことになる。
ちなみにバーネットはこのミサイル防衛が、最終的にはグローバル
化最後の虎の子である中国に対する、「日米共同のグローバル化阻
止」への動きにつながる可能性を指摘して、厳しく批判している。
こういう意味からも、彼は徹頭徹尾「親中派」なのだ。
このような日米中の衝突のきっかけを作っているという北朝鮮に対
して具体的にどうするかというと、バーネットは以下のような三つ
戦術を提案している。
1.、「政権亡命」:金一族に国外亡命をさせる(delocation)
2.、「政権交代」:政権トップだけの交代を狙う、いわゆる"首切り
戦略"(decapitation)
3.、「脅迫」:ひそかに使節を派遣し、暗殺するぞと強烈に脅す
(blackmail)
バーネットは1.が最も望ましい戦術で、3.が最もダメだといってい
るのだが、とにかくアメリカはこれらのうちの一つを、遅くとも
2010年ころまでには実行しなければならないとしている。
第三章の最後に、バーネットは現ブッシュ政権が任期中(~2008
年末)までに東アジアでやることとして三つの政策をあげている。
1.、台湾に独立を宣言させない
2.、中国をグローバル化推進にさらに参加させる
3.、北朝鮮の金政権を崩壊させる
そしてこれらを行なっていくのは、世界で最初にグローバル化を果
たしてきたアメリカの「使命」であるとして、第三章を締めくくっ
ているのだ。
▼第四章
この章は基本的に前の本で主張した戦略的コンセプト、つまりなぜ
ギャップの縮小化を目指さなければならないのかという戦略の再確
認をしているといってよい。
題名もズバリ、「疎外を終了させることによりギャップを縮める」
(Shrinking Gap by Ending Disconnectedness)である。
バーネットはこの章の最初で、戦略家としてこれからのアメリカの
進むべき方向、つまり「問題の認識と、その解決への道のり」を鮮
やかに示したことを、数多くの人間に非常に感謝されたことをまず
紹介している。
その後、バーネットは結局のところグローバル化というのが波のよ
うに地域全域を飲み込む形で起こるという、すでに述べたような「
逆ドミノ論」を再び展開し、最終的にはグローバル化による「バン
ドワゴン状態」を起こすことが目標だとして、これを効果的に起こ
すために6つ、もしくは7つの戦略シナリオを描いている。これら
を以下にそれぞれあげてみると、
1、「ならずもの国家シナリオ」:イランを温存して北朝鮮をアジ
ア版NATOでつぶす。その後は南米に集中し、コロンビアの
内戦を終わらせてベネズエラのチャベスを狙う。アフリカにと
りかかるのは最後。
2、「イスラム円弧シナリオ」:まずイスラム世界をコアに組み込
むことに集中。北朝鮮はつぶさない。基本的にシーパワー連合
重視で、中国とは組まずにインドと海軍で協力。
3、「破綻国家シナリオ」:テロの温床である破綻国家を優先して
コアのマーケット経済に組み込む戦略。まず中央アジアに行き
、それからアフリカに取り掛かる。アフリカは中国にまかせる。
ヨーロッパの支持を得られやすいと指摘。
4、「国土防衛シナリオ」:アメリカ本土周辺の問題解決に集中。
カリブ海周辺や南アメリカからのドラッグ流入などの防止を主
に行う。
5、「エネルギー独立シナリオ」:東アジアにはあまり関心を向け
ず、アメリカのエネルギーが供給できるところ、つまりペルシ
ャ湾岸、中央アジア、そして次にアフリカの問題解決に集中。
軍事的にはコストが最もかからないかもしれないが、コア諸国
の間に植民地時代のような資源争奪戦を生み出してしまう可能
性あり。
6、「人道救助シナリオ」:いわゆる超孤立政策であり、人道的な
救助以外はアメリカは海外に派兵しないというもの。中東政策
が失敗してアメリカが内向きになったときに起こりやすい。ギ
ャップの状態が悪化してしまう恐れ大。
7、「その他のビックリシナリオ」:アメリカ国内で大量破壊兵器
がテロ攻撃に使われたり、中国が東アジアの覇権を狙って軍事
的に暴走すること、その他にも環境破壊が大規模で起こること
や、中東で大戦争が勃発することなど。
ということになる。この後、「グローバル化」は「アメリカ化」で
はないことを、日本などのコア国の例やフリードマンなどの論者の
説を使って説明しつつ、最後にバーネットはギャップ国がグローバ
ル化してコア国になるために必要な三つの要素を主張している。
この三つとは、
1、「良い政府」:かならずしも"民主的"ではなくてもよい。むし
ろある程度独裁的なほうが効果的であるから良いという認識。
2、「女性への教育」:女性への教育が行き届いた国はテロリズム
の温床にはならない。女性をどう扱うかによってその男の本性がわ
かるということわざから、国家が女性をどう扱うかによって程度が
わかるとしている。
3、「個人投資家が資本へアクセスできること」:もちろんグロー
バル化のカギとなる経済的な結びつきには金のめぐりが重要という
考えから。
この三つが揃ったときに国の都会化が促がされてグローバル化が進
む、というのがバーネットの持論なのだ。