問題点を見極め、オフショア・アウトソーシングを有効に使いこなせ
「低コスト」「高品質」──この2つのキーワードに代表されるように、これまでオフショア・アウトソーシングに関しては、メリットばかりが強調されてきたきらいがある。だが、物事にはすべからく「表と裏」「光と陰」があるものだ。オフショア・アウトソーシングについても、もちろんその例外ではない。オフショア・アウトソーシングを活用している(活用したことがある)企業の話によれば、特に、契約してから3年ないし4年が経過した時点で、「問題点」が浮かび上がってくることが多いという。本パートでは、米国企業の証言を基に、オフショア・アウトソーシングの問題点を明らかにしたうえで、その解決策を探ってみることにしたい。
低迷する「満足度」
「2006年夏に、最後に残っていたオフショア・アウトソーシング契約を打ち切った。コストの削減を狙って、1999年から、インドのITサービス・プロバイダー数社にアウトソーシングを行ってきたが、これでやっとストレスから解放される」
中堅イントラネット・ソフトウェア・ベンダーであるマインドブリッジでCOO(最高執行責任者)兼CIOを務めるスコット・テスタ氏は、そう言って安堵の表情を浮かべる。
同氏の言にもあるように、マインドブリッジがオフショア・アウトソーシングを始めたのは、コスト削減効果を見込んでのことだった。実際、2002年までは、テスタ氏はその効果を十分に享受していた。アプリケーションの開発と保守の一部をインドにアウトソースしたことで、同社は30%ものコスト削減を実現することができていたのである。
だが、2003年を境に徐々に歯車が狂い始めた。契約していたアウトソーサーでスタッフの退職が相次ぐようになり、それにつれてオフショア・プロジェクトの成果物の品質も低下していったのである。一方で、マインドブリッジ社内のITスタッフには、オフショアリングを管理するために多くの負荷がかかるようになり、頻繁にインドに出張する必要なども生じた。それはまるで、オフショア・アウトソーシングの開始から4年が過ぎたことで、マインドブリッジと契約アウトソーサーの間に“倦怠期”が訪れたかのようであった。
そして2005年、我慢の限界に達したテスタ氏は、アウトソーシング先との契約解消に乗り出すことにした。この間の事情を、同氏はこう語る。
「我々にとって、かつてオフショア・アウトソーシングは非常に有意義なものだった。だが、2003年を境に、その意義は著しく低下した。2004年末には、もはやオフショア・アウトソーシングは我々にとって、コスト効果が高くもなく、有効であるとも言えない代物に成り下がっていた。そのため、我々は、国内で業務を行うほうが、より高い品質をより低いコストで手にすることができると判断したのだ」
こうして、冒頭で紹介したように、2006年6月、テスタ氏は最後に残っていたベンダーとの取り引きを中止するに至ったのである。
テスタ氏の経験は、「アウトソーシング時代」が喧伝される中で、多くの企業が犯した失敗を象徴しているかのように見える。1990年代末から2000年代初めにかけて、多くのCIOがオフショア・アウトソーシング・ブームに乗せられた。彼らはコスト削減のかけ声にあおられ、あるいは、同じように金銭的メリットに目をつけた役員たちにせきたてられて、戦略を立案する暇もないままにオフショアリングの導入に走ったのである。
もちろん、これは“正常な”事態ではない。それが証拠に、オフショアリング・ブームのさなかに結ばれた契約が実際に履行されるようになると、オフショア・アウトソーシングに対する満足度は次第に低下していくことになるのである。例えば、ITコンサルティング会社のダイヤモンドクラスタ・インターナショナルが2005年に実施した調査によると、業務委託先のオフショア・ベンダーに満足している企業の割合は前年の79%から62%に減少した一方で、アウトソーシング契約を中途で打ち切った企業の割合は前年から倍増し51%に達したという。また、プライスウォーターハウスクーパースが同じく2005年に行った調査でも、調査対象となった金融サービス会社においては、役員の半数がオフショアリングに満足していないという結果が出ている。
さらに、デロイト・トウシュ・トーマツが金融サービス会社を対象に、2006年に実施したオフショア・アウトソーシングに関する調査によると、最初の2~3年こそ期待どおりのパフォーマンスが得られたものの、その後は多くの企業が、コスト削減効果とサービス品質の著しい低下に見舞われたことが明らかとなった。
こうしたデータはすべて、テスタ氏の以下の感想を裏づけるものだ。
「オフショアリングの管理は手ごわい仕事だ。十分なリソースを投入して長期的に取り組まないと、必ずトラブルに直面することになる。率直に言って、我々はまさにそうした落とし穴にはまってしまった」
オフショア・アウトソーシング・コンサルティングを手がけるベントロの創業者、フィリップ・ハッチ氏(同氏は2000年から2003年まで、ロシアのアウトソーサーであるルクソフトで働いた経験を持つ)も、オフショアリングのROI(Return On Investment:投資利益率)がピークに達するのは、開始後3年以内であると主張する。「3年を過ぎたら、仕切り直しをしないと、状況は悪化する一方だ。例えば、アウトソーシング先の離職率は上昇するし、最初は有効だった方法論やツールも役に立たなくなってしまう。また、そのほかの間接的なコストもじわじわと増えていく」(同氏)
現在オフショアリングを検討している段階のCIOであれば、こうした先人の教訓をうまく生かして、オフショアリングを実施する際に長期の予算案を策定したり、常に注意を怠らず継続的にその計画を見直したりすることができるはずだ。
ハッチ氏は、そうしたCIOに向けて、さらにこう念を押す。
「アウトソーシング契約は、契約期間中に何らかの見直しを行わないかぎり、5~7年後にはコスト削減効果が消え去ってしまう。アウトソーシング契約を無駄にしないためには、適切な時期に適切な方法で契約を見直す必要があるわけだ」
薄まる「熱意」
オフショアリング・ブームは、ドットコム・ブームと似たような消長の経緯をたどってきた。「2000年代の初めに、人々がオフショアリングをもてはやし始めると、多くの企業の取締役会や経営陣が一斉にオフショアリングに興味を示し、人件費の時間単価だけを基準にベンダーを選定した。そのため、CIOは(ドットコム・ブームのときと同様)その判断に引きずられるしかなかった」(ハッチ氏)のだ。そして、これまたドットコム・ブームのときと同様、「彼らの99%は具体的なビジネス・プランを持っていなかった」(同氏)のである。
インテグレーション・コンソーシアムのジョン G.シュミット会長も、「オフショアリングの取り組みの多くは、コスト削減を目的としていた。具体的には、高価な労働力を安価な労働力に置き換えることを目指すものだった」と、ハッチ氏と同様の見解を示す(ちなみに、オフショア・アウトソーシングに関するシュミット氏の経歴は古く、旧DECのコンサルティング・サービス部門で働いていた1980年代にさかのぼる)。しかしながら、真に重要なのは、労働単価を引き下げることではなく、「オフショア・アウトソーシングに継続的に取り組み、成果を上げること」(同氏)なのである。ところが、米国企業の多くは、「年間経費を減らすには、年度初めに何をすればよいか」という発想しか持っていなかった。
とはいえ、多くのIT幹部は、オフショア・アウトソーシングを開始した年と次の年ぐらいは、それを軌道に乗せるために奮闘する必要があるということを理解していたし、実際に奮闘もした。だが、継続的に価値を生み出していくためには、長期にわたって努力を続けなければならないという覚悟まではできていなかったのである。マインドブリッジのテスタ氏は今、「人々は、オフショア・アウトソーシングこそは、すべての問題を解決することができる万能薬だと信じていた。ところが、実際には、ある特定の問題を解決することはできるものの、それによってまた別の問題を引き起こすやっかいな存在だったのだ」と、自嘲気味に語る。
自動車部品メーカーのTRWオートモーティブでCIOを務めるジョー・ドルイン氏は、2002年末に現在の地位に昇進した際、インドのサティヤムとのオフショア・アウトソーシング契約を前任者から引き継いだ。この契約はその3年前に、当時の新任CEOによって結ばれたものだった。ドルイン氏によると、サティヤムへのアウトソーシングは最初のころこそうまくいっていたが、同氏がCIOに就くころには、すでにほころびが見え始めていた。オフショアリングの管理はプロジェクトごとに行われていたが、「それを的確に行うのには多くの労力が必要だったし、いつもうまくいくわけでもなかった」(ドルイン氏)のである。その結果、納期遅れや予算超過、手戻りなどが発生していた。また、サティヤムがTRWのプロジェクトに割り当てていた開発者にも、玉と石とが入り混じっていた。「できる開発者もいたが、そうでない人もいた。しかも、プロジェクトが終わるたびに優秀な人材が辞めていった。そのため、新しいプロジェクトに取りかかるたびに、TRWの環境について教えるところから始めなければならなかった」と、ドルイン氏は苦笑を浮かべながら振り返る。
そこで、ドルイン氏はサティヤムとの契約を見直し、TRWが自社プロジェクト専用のオフショア開発センターを提供するのと引き換えに、専任のスタッフに長期にわたってTRWを担当させることをサティヤムに認めさせた。もちろん、スタッフの退職の問題を解決し、オフショアリングをプロジェクトごとに管理することのリスクを解消するための方策であった。
「TRWと自動車業界固有の業務知識を学び蓄積してもらうための拠点として、オフショア開発センターを立ち上げた。その結果、それまでのように、TRWと自動車業界について繰り返し紹介したり、プロジェクトを毎回ゼロから始めたりしないで済むようになった」(ドルイン氏)と、契約を見直してから1年ほどは、サティヤムへのオフショア・アウトソーシングは順風満帆の様相を見せていた。
しかしながら、その状況が長く続くことはなかった。
緩む「緊張感」
オフショア・アウトソーシングの開始当初には、顧客だけでなくベンダー側も、対象業務が軌道に乗るように尽力するものだ。
「新規顧客と契約すると、ベンダーはそれを大々的に社内に告知し、意欲満々に体制整備に乗り出す。どの社員もその仕事をしたがり、担当チームにはエース級の人材が配属される。さらに、新施設が立ち上げられ、新しいソフトウェアやハードウェアが購入される。ベンダーは、多くの時間と費用を投入して契約の履行に努めることになるわけだ」(ハッチ氏)
顧客の側も、上述したように、少なくとも最初の1~2年の間はオフショア・アウトソーシングを軌道に乗せるために奮闘する。CIOとそのスタッフは、リソースを割いてじっくりとベンダー評価を行い、新しい管理体制を整えてオフショア環境のサポートに当たる。また、オフショアリングを担当するマネジャーが任命され、ベンダーのパフォーマンスを管理するために海外を飛び回ることになる。「インドや中国やフィリピンに四半期ごとに出張し、オペレーションの現場やベンダーを管理して回る」(デロイト・アンド・トウシュのリサーチ担当ディレクター、クリス・ジェントル氏)わけである。だが、それでうまくいくのは最初の1年か1年半の間だけで、「2年、3年と年を重ねるうちに、担当者の負担が膨れ上がり」(同氏)、大抵の担当者は疲れきり、気を緩めきってしまうことになるのである。ちなみに、ジェントル氏はこれを“オフショア疲れ”と呼んでいる。
マインドブリッジのテスタ氏も、「IM(インスタント・メッセージング)や電子メールでは解決できない問題が頻繁に発生し、そのたびに部下のマネジャーにインドに飛んでもらった。こうした仕事は、肉体的にも精神的にも実に疲れるものだ」と、“オフショア疲れ”の存在を認める。
ジェントル氏によれば、その“オフショア疲れ”を防ぐいちばんの“特効薬”は、人事ローテーションによってオフショア担当マネジャーを2~3年ごとに交代させることだという。
一方、TRWのドルイン氏は、同社の業務を担当するサティヤムのスタッフが150人に達したため、そろそろ、TRWの社員をインドのチェンナイに常駐させ、サティヤムのオペレーションの管理に当たらせることを考えている。
「1回の出張でできることは限られている。そのため、担当者たちが現地に赴くときは、今のところ、処理するテーマを毎回絞り込んでいる。だが、委託する業務の規模がこれほどまでに大きくなると、担当者を常駐させる必要が出てくる」(ドルイン氏)
オフショアリング担当者は、出張で消耗するだけではない。立ち上げの時期を乗り越えたあとは、惰性に流され燃え尽きてしまうこともある。TRWでは、オフショア・センターを設置してから約1年後に、サティヤムへのアウトソーシングにまつわるROIがピークに達した。生産性は過去最高の水準を記録し、オフショア・センターで実施されるプロジェクトやサポートについては、常にきちんとスケジュール/予算/仕様が守られていた。そうした成果は、もちろんドルイン氏と彼のスタッフの努力のたまものであったわけだが、残念なことに、彼らはその成功に満足して気を緩めてしまったという。「そのまま順調にいくだろうとたかをくくって、少し手綱を緩めてしまった」と、ドルイン氏は苦笑する。
一方、ベンダー側の緊張感が緩んでしまうというケースもある。
年間売上高18億ドルのメーカー(ここでは仮にA社としておこう)でIT担当副社長を務めるA. ビノド氏によると、A社は、シエラ・アトランティックと4年間のオフショア・アウトソーシング契約を結んでいるという。ちなみに、シエラはカリフォルニア州フリーモントに本社を置き、インドでオフショア開発センターを運営している会社である。このビノド氏の不満は、シエラの役員がA社に直接的に関与する機会が、年を追うごとに少なくなってきているということである。
「当初、我々の委託規模が拡大していたころは、シエラの役員も足しげく我々のもとを訪れ、同社と我々との関係を深めるために努力してくれていた。しょっちゅう連絡を寄こしては、業務の進み具合を報告してくれていたものだ。だが、時がたつとともに、彼らはめっきり姿を見せなくなった。幸いにして、成果物が所定の期日に遅れたりしたことは1度もないが、彼らの訪問の頻度や彼らと顔を合わせる時間が極端に減ってきたことはかなり気になる」(ビノド氏)
ビノド氏は、一貫して、シエラ・アトランティックの役員にA社に積極的に関与するよう要請しており、同様の状況にある会社のIT幹部にも、「関与を深めてくれるよう常に要求すべきだ」と忠告する。
インドのハイデラバードにあるシエラのオフショア・センターで、A社のプロジェクトやサポートを専任で担当しているスタッフは4人いるが、ビノド氏は彼らが処理している定常業務のほかにも、必要に応じてシエラに業務を追加発注している。だが、シエラの役員の対応が悪いときには、お灸を据える意味で、委託業務量を減らすこともあるという。
「私はベンダーにいつもこう言っている。『あなた方とのビジネスについて我々の会社がどう評価しているのかを知りたければ、我々に対する月々の請求額を見てみるとよい。もし減っていたら、憂慮すべき問題があるということだ。だから、請求額が減っていたときには我々に話を聞きに来るべきですよ』と」(ビノド氏)
他方、ハッチ氏も、オフショアリングを始めてから長期間が経過しているようなケースでは、顧客とベンダーの経営陣が四半期ごとに会合を持つようにすべきだとの見解を示す。さらに、「ベンダーが、オフショアリングを最大限に活用する方法を定期的に提案してこないようであれば、それは重大な危険信号だ」(ハッチ氏)とも指摘する。
もう1つの選択肢――“直営の”オフショア・センターを設立する
オフショア・アウトソーシングを長期的に活用したいと考えている企業の間では、最近、海外に子会社を設立するという動きが活発化している。
ぶれる「指標」
オフショア・ベンダーは、一般に、パフォーマンス・メトリックの扱い方が独善的で硬直的だと言われることが多い。放っておくと、最初に提案したメトリックをそのままいつまでも使い続けようとする。それらの数値が自社のパフォーマンスを良く見せているような場合はなおさらだ。だが、オフショア・ベンダーがよく提案するメトリック──例えば、単純コストや工数単価、スタッフのオンサイト/オフサイト比率、コード1,000行当たりの欠陥数といったもの──は、個々の契約においてはあまり意味を持たないことが多い。そのため、いずれは顧客の側が、自社にとってより有意義な新しいメトリックを打ち出す必要がある。ビノド氏も、「適切なメトリックを見いだすことに、我々は最も時間を費やした」と、その重要性を強調する。
ビノド氏の会社(A社)がシエラ・アトランティックに委託している業務は、ほとんどがアプリケーション・サポートである。その具体的な作業内容を見てみると、まず日々の業務の中で、A社の社内ユーザーがアプリケーションに関する問題(変更が必要なパスワードから、正しく動作しないプログラムまで、多岐にわたる)を報告する。すると、そのつどトラブル・チケットが発行される。そのチケットはオフショア・チーム(シエラ・アトランティック)に転送され、彼らの手によって問題の解決が図られる。こうしたアプリケーション・サポートの効果測定にシエラ・アトランティックが使ってきたメトリックは、「チケットが発行されてから技術者が対応を開始するまでの時間」や「技術者が問題に取り組んだ時間」といったものだった。そしてこれらの数値を見るかぎりにおいては、シエラの仕事ぶりには文句のつけようがなかったという。
しかし現実には、ビノド氏は、処理が完了していないチケットが毎日じわじわと増えていくのを目の当たりにしていた。チケットが増えるということは、問題が最初の対応、あるいは2回目の対応でも、解決されていないということを意味している。つまり、シエラ・アトランティックのメトリックは、現実をきちんと反映していなかったのである。
「シエラ・アトランティックのチームは、自分たちがいい仕事をしていると思い込んでいた。実際、彼らが提出していたリポートを見ると、彼らが非の打ち所がない仕事をしているように思えた。だが、実際には、それを証明しているメトリックは何の意味も持っていないということが分かった。彼らのメトリックは、『チケットの処理を完了し、ユーザーを満足させる』という最終的な目標を達成するうえでは、まったく役に立っていなかったのだ」(ビノド氏)
こうしたギャップが生じた原因の1つには、シエラ・アトランティックのオフショア・サポート・チームが、自分たちが用意した解決策で実際に問題が解決されたかどうかを知るすべがなかったということがあった(その背景には、彼らが働いている時間帯は、インドでは昼だが米国では夜であり、問題を提起したユーザーと直接連絡を取ることができないという事情があった)。また、シエラが採用していたパフォーマンス・メトリックも、サポート・スタッフが自分たちの作業の最終的な成果を追跡し、確認しようとする意欲に結びつくようなものではなかった。
そこでビノド氏は、オフショア・サポート・チーム全員を、かなりのコストをかけて米国に呼び寄せた。それはもちろん、彼らとA社との連帯感を深め、オフショア・サポート・チームのユーザーに対する責任感を高めるためであった。その結果、「インドに帰った彼らは目覚ましい働きを見せ」(ビノド氏)、処理が完了していないトラブル・チケットは、目に見えて減少していった。そして今、A社では「我々にとって最も重要な、『すべてのチケットの処理を2日で完了する』というメトリックだけが適用されている」(同氏)のである。
一方、TRWのドルイン氏によれば、同氏のオフショア管理チームも、ベンダーの業務状況を効果的に定量評価する方法を見いだすのに苦労したが、ここにきて、リソース、プロジェクト、ネットワーク可用性を追跡するメトリックを多数導入することができたという。そして、今では毎月、それらの実績値がサティヤムのオフショア・プロジェクト・マネジャーとTRWのプロジェクト責任者に報告されている。さらに、最近は、製造業の品質管理手法にヒントを得た新しいメトリックの創出に、サティヤムと共同で取り組んでいるという。ドルイン氏によると、このメトリックは、製造業で使われる「初期歩留まり」というメトリックをIT分野に応用したもので、さまざまな作業段階で、「ベンダーから納品された成果物が最初から適切なものだったかどうか」を数値で評価することができるという。
高まる「離職率」
最近、ドルイン氏は、委託業務を担当するスタッフの入れ替わりに関するメトリックにも注目しているという。もちろんベンダー側も、社員の退社に関しては、数値に基づく分析・管理などを行って気を配っている。だが、アウトソースする側の企業にとっては、ベンダーの社員すべてが問題なわけではない。いなくなると困るのは、あくまでも自社の委託業務を担当するチームのメンバーだけだ。つまり、ドルイン氏にとっては、サティヤムでTRWの担当になっているスタッフがチームを離れることがいちばんの痛手なのである。たとえその社員がサティヤムに勤め続けていようと、同氏の痛手が消えたり軽減されたりすることはない。
オフショア・アウトソーシングを3年以上続けてきたCIOであればみな同じであろうが、このところドルイン氏はこれまでにも増してオフショアリングを巡る人材問題に頭を悩ませている。というのも、すでにさまざまなメディアで報道されているように、インドでは離職率が高く、最近は年間離職率が25~30%にも達するような企業も珍しくないからだ。しかも、なかには、「特定のプロジェクト・チームのメンバーが、いきなり全員退職してしまうというようなケースもある」(ドルイン氏)という。もちろん、そうなれば、プロジェクトが暗礁に乗り上げてしまうなど、被害は甚大だ。
実際、TRWでも、最大規模のオフショア・プロジェクト──TRWのエンジニアリング業務をサポートするPDM(Product Data Management)システムの開発──に携わっていたプロジェクト・チームのメンバーが突然一斉に辞めてしまうという事態が生じたため、そのプロジェクトが年に2度も中断に追い込まれたことがある。ちなみに、彼らは「通りを挟んでサティアムの向かい側にオフィスを構える別のベンダーに転職してしまった」(ドルイン氏)という。
彼らが担当していたのは特殊な分野のプロジェクトだっただけに、その痛手は大きかった。「SAPプロジェクトであれば、サティヤムにも人材が豊富にそろっているが、PDMのような特殊な分野に関しては、さすがにリソースが限られている。そのため彼らは外部から人材を調達しようとしたが、なかなか見つからなかったようだ」とドルイン氏。その結果、プロジェクトの進捗は大幅に遅れ、TRWのエンジニアリング担当副社長は不満をあらわにした。
「プロジェクトはずるずると長引き、それに伴って、我々に対するビジネス・サイドの信頼も損なわれていった。いちばん痛かったのは、彼らが我々のプロジェクト遂行能力を疑問視するようになってしまったことだ」(ドルイン氏)
ドルイン氏によると、それでもサティヤムは、社員が退職した場合に備えて、対策を準備しているほうだという。「彼らは、例えば5人のチームによるプロジェクトの場合、必ず予備のメンバーを1人用意するようにしている。だれかが辞めたときには、そのメンバーがすぐに即戦力として後を引き継ぐわけだ」(同氏)
しかしながら、上のようにチーム全員が退社するというケースもあるわけだから、いずれにしろ、ベンダーにおける社員の退社は、オフショアリングのリスク要因として織り込んでおく必要がある。
実際、ベントロ(ハッチ氏)の調査によると、オフショア・アウトソーシング契約の2~3年目に、ベンダーの担当チームで退職者が増加する傾向があることが判明している。それに、マインドブリッジのテスタ氏が指摘するように、プロジェクト・チームから退職者が出た場合、オフショア・ベンダーは退職したメンバーよりもスキルや経験の乏しいスタッフを補充する一方で、コストはまったく変えないという理不尽な対応を取ることも多い。
また、金融サービス会社のリーマン・ブラザーズでは、同社固有の知識が必要な業務についてはインドへのアウトソーシングを控えているが、これも、インドのベンダーの離職率が高いことを考えたうえでの判断だ。同社のCIO、ジョナサン・ベイマン氏は、「自社のビジネスに精通したIT担当者を確保することは、我々にとって非常に重要なことだ。だが、オフショア・ベンダーが我々が委託した業務を担当させるスタッフは、ずっとそのベンダーに勤め続けるわけではない。担当スタッフの顔ぶれが2~3年後には一変してしまうことは目に見えているのだ。一方、我々は、自社の業務システムを何十年も手がけている優秀な社内スタッフを抱えている。となれば、基幹業務システムの開発にどちらのスタッフを使うべきかは自明の理だ」と指摘する。
一部の会社のCIOが、最終的にオフショア・センターを自社の子会社として設立し、スタッフを自前で抱える“直営モデル”を選択したがる大きな理由もまさにそこにある。なお、ベイマン氏は、直営のオフショア・センターで高度な業務をカバーし、オフショア・ベンダーにはQA(品質保証)テストやインフラ・サポートのような業務を委託するという「ハイブリッド・モデル」を採用している(ちなみに、リーマン・ブラザーズはタタ・コンサルタンシー・サービシズおよびウィプロと業務委託契約を結んでおり、その契約総額は7,000万ドルにも上る)。
ばらつく「サービス品質」
結局のところ、オフショア・アウトソーシングを長期的に成功させるためには、継続的な見直しと改革とが欠かせない。そして、繰り返し述べているように、このハードな仕事は、決して最初の2~3年で終わるようなものではない。本稿に登場いただいた企業のキーマンたちは、オフショア・アウトソーシングの、この遠く長い道程をつつがなく歩んでいくためには、CIOには次のような心構えが必要になると指摘する。
まず、ベントロのハッチ氏は、「オフショアリングを始めるにあたっては、長期的なコストも考慮に入れて、総合的に判断する必要がある。初期コストだけでなく、3年おきくらいに必要になる仕切り直しのための費用など、アウトソーシング運営を活性化するのに要するコストも計算に入れて検討するようにしなければならない」とのアドバイスを送る。
また、TRWのドルイン氏は、ベンダーのスタッフが多数退職した際に発生する長期コストを、メトリックに含めて追跡することを勧める。「綿密に現状チェックを行う必要があるのは、立ち上げフェーズだけではない。アウトソーシングを行っている間は、常にそうした目配りが必要になる」と同氏。
一方、リーマン・ブラザーズのベイマン氏は、ヘルプデスク業務をインドにアウトソーシングしてから9カ月後に社内に戻した自身の経験を踏まえて、「オフショアリングが我々にとって有効に機能するのは、我々が多大な時間と注意を注いでいるときだけだ。管理が不十分な場合には、決して有効に機能することはない」と警告する。
さらに、デロイト・アンド・トウシュのジェントル氏は、「オフショアリングのコスト削減効果やサービス品質には大きなばらつきがある」と注意を促す。同氏が調査したところによれば、ある企業がオフショアリングで提供を受けた業務サービスは、国内で受けるサービスより15%も品質が高かったが、一方で国内とほぼ同じ品質のサービスが提供された例もあった。驚くべきことに、なかにはオフショアリングで提供されるサービスの質が、国内の品質を下回る例もあったという。もちろん、そんなことでは「そもそもオフショアリングをする価値がない」(同氏)ことになる。
マインドブリッジのテスタ氏は、まさにそうした状況に陥った経験を持つ。始めた当初は、オフショア・アウトソーシングはかなり有効だったが、時を経るに従って次第に有効性を失い、あげくには未熟なオフショア・スタッフが作成したバグだらけのソフトウェアが納入されるようになった。それでコスト削減効果が実質的になくなったと判断したテスタ氏は、オフショア・アウトソーシングを打ち切ることを決断した。そしてその代わりに、社内スタッフを増員するとともに、一部業務を国内のベンダーにアウトソーシングすることにしたのである。「再びオフショアリングを行う計画は、今のところない」と言うテスタ氏は、「オフショアリングは、管理に時間を取られ、自社のスタッフを疲弊させるうえ、場合によっては非常にイライラさせられることもある。オフショアリングを始めるにあたっては、そうしたことを覚悟しておく必要がある」と忠告する。
いずれにしろ、オフショア・アウトソーシングを実施しようとするCIOに必要な心構えははっきりしている。それは、「長期的な戦略に基づいて取り組むべし」ということだ