新年の門松が取れるこの時期、いつも阪神淡路大震災を思い出す。発災直後から数カ月、被災地の救援に夢中で走り回り、多くの企業の支援情報を集約・発信する作業を続けた。あのとき、神戸で小学生だった者が、筆者の運営するシンクタンクの長期インターンシップに参加し、今年大学院を卒業。元気に社会に巣立つ。彼ら彼女らにより、安全安心の意識は引き継がれることを期待し、良質なコミュニティの再構築をさらに続けたいと考えている。
2007年も引き続き、日本を取り巻くリスクを取り上げ、リスクマネジメントの考え方を広めていきたい。私達の身の回りには、日々様々なリスクが渦巻く。年末年始、兄妹間、夫婦間でのトラブルによるバラバラ殺人などのニュースが飛び込んできた。それらは推測や伝聞も含め、メディアを通し伝播している。こうした個人を巡るトラブル、家族を巡る関係なども大きなイシュー(潜在リスク、リスクの芽)であるが、本コラムでは、引き続き企業リスクを中心に取り上げるものとする。
そこで、今週は、洋菓子の老舗、不二家が期限切れ原料を使用していた問題を考えていくことにしたい。
なお、冒頭で記した殺人事件の背景や千島列島東方地震における津波警報のあり方など、日々発生する事象については、適時「
e戦略の視点2」にて解説を加えている。また、筆者の運営する国際戦略デザイン研究所が12月にラウンチした「
リスク・インフォーメーション・ネットワーク」では、これらリスクを再分類しつつ、基礎的なDBを構築中である。
●不二家のつまずきの背景
創業97年の不二家がもたついている。株価が昨年の最安値を更新し200円を割り込むなど、株式市場からは退場に向け意思表示がなされ、洋菓子以外を含む、不二家製の全商品(例えばミルキー、ルックチョコレート、カントリーマームなど)を撤去する小売業が相次いでいる。
こうした不祥事で共通するのは、「創業一族への忠誠」であり、「発覚後の段取りの悪さ」である。
・発覚の背景 もともとは、前向きの動きであったはずだ。100周年に向け、社内にプロジェクトチームを設置。2010年のビジョン策定のため外部コンサルタントを活用し、自社の経営課題を洗い出したところだった。
昨年11月、そのプロジェクトチームが報告した内容は、経営側をショックに陥れた。埼玉工場での食品衛生法違反など数々の問題。話を聞けば、社にとって良かれと思い行ったものもあるという。プロジェクトチームは「問題を曖昧にし、それがいつの間にか外部に公表されれば、雪印の二の舞になる」という趣旨の警告をしていた
しかし、2カ月間、同社から事実が公表されることはなかった。事態の発覚後、社長が謝罪し、洋菓子部門を一時閉鎖しても事態は沈静化しない。マスコミ報道を通じて物事が一人歩きし、企業が想定する範囲を飛び越え「負のスパイラル」を下りていく。
結局、1月15日に再び社長が会見を行い、辞任を表明する事態となった。この会見では、さらに18件の期限切れ原材料の使用や、社内基準の約640倍、法定基準の約64倍の細菌が検出された商品の出荷に加え、組織ぐるみの指示があったことが明らかになっている((細菌の量は当初、社内基準の100倍とされていたものが640倍に変更。また、期限切れ材料の使用も、当初は再雇用した仕込み担当者の個人的判断と発表されたが、2件は上司からの指示があったことが判明した)。
同社は、社内基準を法定基準よりも厳しくしていたが、「厳しい基準を守る/守らない」という問題も横渡る。
・問題の所在はどこにあるのか 不二家では、牛乳を捨てるという発想がマニュアル上なかった(処理方法の記載がない)ようだ。ISO規格では廃棄物が一定量を越えると是正報告書の提出が求められるため、原材料の使用量がISOを満たすための基準値に固定されるようになっていた。つまり、牛乳は新鮮なまま使い切るようなマネジメントが求められ、一方、古くなるのはどういうときなのか明確な判断がされておらず、それを捨てることがユーザーのためにはなるが、企業のためにはならないというトレードオフへの対処を現場に強いていたことが問題といえる。
あちらを立てればこちらが立たず。そうしたジレンマを解決するのは古参の従業員。自分達は昔からこうして工夫してきた、日付ではなく経験や勘でどうにかなるとの思い、洋菓子部門の不採算性、コスト削減には違法ギリギリが前提となるという発想が現場にはあったのかもしれない。全ては、企業のために。
ここで企業トップに伝えたいのは、性善説で従業員が動いた場合、それでも企業や自社ブランドを傷つける事態が発生しうることだ。
●顕在化したリスクの拡大
・数週間で片が付くのか、かなり長期化するのか 不二家の上層部は不祥事が発覚した後、一週間ぐらい謹慎し、問題の工場以外は規制を遵守していることを示して順次再開し、埼玉工場も責任者を処分することで事態の沈静化を図れると考えていたかもしれない。
しかし、事態発覚以降、2カ月も放置していた経営層の責任は重いと考えるユーザーが少なくない(一部報道では、工場の一部で日誌、書類を処分し、証拠隠滅を図ったのではないかとの見方もある)。
それは、「不二家」というブランドが家族をイメージさせ、不正を働かないだろうという大前提があったからである。いわば、日曜日の夕方には笑点、ちびまる子ちゃん、サザエさんを順に楽しむような保守的なユーザー層の存在である。今回の件は、中高生になったタラちゃんが、くわえタバコでゲームセンターに入り浸るような衝撃がある。あの不二家のモノ作りだからこそ信頼し、楽しみにし、子供や孫に買って帰りたい健全な食べ物であるという期待が踏みにじられたショックは大きい。
・ISOの見直し 経済産業省は、過去に不二家が取得したISO(国際標準化規格)14001(環境管理)や9001(品質管理)などにつき、見直すことを決め、認証機関に臨時審査の指示を出している。
皮肉なことに、期限切れ牛乳の問題は、古い牛乳を捨てないことへの工夫も含めたISOでの設定がある一方で、企業内部に古くなった牛乳の処分方法に関する取り決めがなかったことにより発生した。
いわば、ISOシステムに「予定調和」させるため、現場のスタッフは事態を単純明快に出来ず、その場を取り繕うことで企業の短期的なメリットの確保に走ったということである。
・地方工場の一斉立ち入り検査 ISOの見直しとあわせ、不二家の洋菓子工場(5都道府県)では、自治体が立ち入り検査を実施。札幌工場での台帳記載不備も発覚したが、おおよそ事態に影響はないとされた。不二家の地方工場のつまずきは、そのまま地方での従業員雇用に影響するため、事態を埼玉工場だけにとどめたいのが、不二家本体ならびに地方自治体の考えであったろう。しかし、前述の1月15日の会見において、札幌工場においても、法定基準を上回る細菌が検出された商品の出荷があったことが公表されている。
・フランチャイズの動揺 もう一つは、フランチャイズ展開での各オーナーへの影響である。不二家では既に、全国約700社のチェーン店に対し総額1億円近い休業補償を明言しており、今回の不祥事に伴うフランチャイズ店の脱退を阻止したい構えである(一部フランチャイズでは「原材料は店で直接調達し、店内で焼いて販売しており、一切工場とは無縁」と説明。洋菓子チェーン全店で休止するなか、営業を続けている)。
ただし、ひとまず1週間とされる休業補償がどの程度の期間に及ぶかが問題となる。経営層はかなり短期で収斂すると踏んでいるようだが、市場や消費者の反応は思った以上にシビアなものになっている。
数週間程度の謹慎でカムバックしたい経営陣と、97年という重みを認識しない老舗企業の社会的責任の間には、深い溝が横たわっているのも事実である。
・新しいビジネスの登場 不祥事の発覚は、ライバル企業にとってのマーケティングの一大好機でもある。今後、不二家の競合先が、営業拡大のチャンスと見て動くことが予想される。
このほか、食品安全に対するユーザーの意識が高まり、自社だけのマネジメントでは、十分な安全安心を証明できない状況が増えてくると考えられる。たとえ企業として管理していても、一部社員や工場の暴走があった場合、企業イメージの破壊は計り知れないものがある。
そうした観点からは、外部機関に食品安全に関する検査を発注することで、自社の潔白を証明することも出来よう。例えば、時を同じくして、三菱商事が検査業務を充実させた新たな会社を立ち上げている。
●事態の収束に向けて
15日の会見にでは、一連の騒動が収束した後、社長が辞任することを示唆した。また、社内では12日付で「生産対策委員会」を設置したようだ。こうした手法は、リスクマネジメントではスタンダードな手法ではあるが、既に生産システム、生産現場での問題から、経営姿勢、経営方針へと「市場」「利害関係者」の見方が変わっているなか、この措置だけで収束するかは疑問である。
早急に実施すべきは、「生産対策委員会」よりもさらに上位概念の「経営改革委員会」の設置であり、100周年までの間に経営を含めた全てを刷新することを表明することである。
ただし、不二家関連商品の撤去がスーパーやコンビニなどで相次いでいることや株価など投資家がそうした影響をさらに盛り込むことを考えると、金融機関や取引先からの支援、ブランド維持のための業界再編など、様々な戦略が求められる。
最も関心が高いのが、次期社長を誰に指名するかであり、創業一族から出すのか、外部から経験者を連れてくるのかにより、市場、ユーザー、取引先の同社に対する見方が変わってくる。