Monday, January 08, 2007

セイコー創業家CEOの追放と正論

セイコー創業家CEOの追放と正論
「脱・技術依存」の警鐘も悪役の解任とともに消え失せるのか?

 「技術立国・ものづくり立国を目指しても日本は生き残れない。いいモノを安く大量に作って輸出するモデルではもうダメなんだ」
 11月16日付でセイコーインスツル(SII)代表取締役会長兼社長代行の職を解任された服部純市氏は、かねてこう主張し、大学で講演したり、雑誌に寄稿したりしていた。
 セイコーグループの中核企業であり、大手電子部品メーカーでもある企業のトップが唱える論としてはいささか過激だったが、自社だけでなく日本の製造業の行く末について論じる姿は間違いなく真摯であり、その主張は傾聴に値するものだった。服部氏の解任によって、その警鐘までもが消え失せてしまうのはあまりにも惜しい。ここに、服部氏の持論をぜひとも書き記しておきたい。
警鐘1 日本経済不振の真の原因はバブル崩壊ではない
 服部氏はこう主張していた。「バブル経済とその崩壊によって、日本経済が停滞した。不良債権問題を解決し、製造業がしっかりすれば日本は再生すると言われている。しかし、これは間違い。実は1970年あたりから日本企業は徐々に儲からなくなっていた。バブルがあろうがなかろうが、日本企業は問題を抱え込んだはずだ」。
 儲からなくなった理由は、日本を牽引していた製造業の不調である。生産性や歩留まりの向上を徹底して追求し、最低のコストで最高の機能と品質を持つ製品を大量生産できるようになり、度重なる円高を乗り越えてきたにもかかわらず、以前ほどの利益を出せなくなった。
警鐘2 生産性の向上だけでは勝ち抜けない
 その典型例として、服部氏は自分が所属している時計産業を挙げた。日本の時計産業はクオーツ技術により、ほとんど時刻が狂わず、止まらない時計を安価かつ大量に作れるようになった。この結果、日本の時計メーカーは、スイスなど欧州のメーカーを蹴散らし、一時は世界一の座を占めた。
 ところが今や、顧客は2万円のクオーツ時計ではなく、数十万円もするスイス製の機械式時計を好んで買う。国内の時計売り上げを見ると、輸入時計の売り上げが国産時計のそれを上回っている。生き残ったスイスの時計メーカーが世界のリーダーに返り咲き、日本の時計メーカーは大量の時計を生産しているものの、作っても作ってもさほど儲からなくなってしまった。
 日本の時計メーカーの栄枯盛衰について、「スイスの時計産業が復興したのは、ブランド戦略の成功であって、日本は技術の競争で負けたわけではない」という解釈が一般的である。しかし、服部氏はそうではないと主張した。クオーツにシフトした結果、日本の時計メーカーは機械式時計を作る技術を失ってしまった。ブランド戦略で負けたのは確かだが、技術でも負けたというのである。
 日本の時計メーカーのクオーツ開発は、NHKの「プロジェクトX」にも取り上げられ、日本の技術者が必死に努力し、世界に先駆けてクオーツ時計を開発、世界の時計市場を席巻した感動物語として放映された。ところが、服部氏は「あの話は真っ赤な嘘」と公言していたのである。
日本の技術者も頑張ったが、当然スイスの技術者も頑張って、日本より先にクオーツ時計を開発していた。ただし、スイスの時計産業は、部品メーカーや完成品メーカーが別々の企業に分かれており、クオーツへの切り替えで足並みが揃わなかった。これに対し、日本メーカーは部品から完成品まで手がける垂直統合型を取っていたので、一気にクオーツへ切り替え、量産に踏み切れた。日本の技術者が頑張ったのは事実だが、それだけが成功の要因ではない。
 特徴ある機械式時計がもてはやされる今、日本メーカーの垂直統合構造はかえって邪魔になっている。量産品を手がけている以上、同じ会社の傘の下では、高級ブランドを育成しづらいのである。
 ここまでの主張は、時計産業という実例に基づいているだけに説得力がある。実際、オーディオや家電など、同じ状況に陥っている完成品ビジネスはほかにもある。デジタル化の進展は、クオーツへの移行と似ている面がある。つまり、製品の中に機械(メカ)が占める比率が減り、誰が作っても同じという状況になっていく。
警鐘3 「心地よさ=匠」の創造を急げ
 では日本企業はどうしたらよいのか。服部氏は、価格・機能・品質「以外」の新しい付加価値を追求すべきとし、その付加価値を「匠(たくみ)」と呼んだ。匠とは、人間が本来、感じる心地よさを意味する。例えば、スイスの機械式時計や漆など天然塗装をした時計、あるいはアナログ方式の高級オーディオが持っている何かである。
 といっても、職人芸による手作りに戻れというわけではなかった。コストダウンのテクノロジーではなく、匠を実現するテクノロジーを追求する必要がある、と服部氏は考えた。こうした考えから、英国の掃除機メーカー、ダイソンにはかねてより注目していた。ダイソンは、紙パックを不要にする独自技術に基づく掃除機を通常の価格の3倍程度で販売している。「掃除機のような成熟した製品分野に、大英帝国からイノベーターが出てくる。ああいうことを我々もやらないといけない」と服部氏は語っていた。
 この主張も真っ当なものだ。昨今、イノベーションの大合唱が日本で起きているが、服部氏はかねて、新しいことをすべきと言っていた。ただし、次の主張になると、さすがについていけない人が出るかもしれない。
警鐘4 輸出依存型のものづくりモデルは限界
 「日本は資源がない。だからものづくりに精を出して世界に売っていくしかない、という人がいまだにいる。とんでもない間違いだ。日本は過去、アメリカやヨーロッパにものを買ってもらったおかげで豊かになった。今度は、日本が発展途上国からものを買ってあげる番だ。日本は、海外から買ってきたものをうまく融合して、もっと付加価値の高い、新しい仕事をする。そういう時期に入っている」
 外貨を稼ぐために、日本は昔も今も輸出をするしかないはずだ。ところが服部氏は「日本のものづくりは空洞化してもかまわない」とまで言い切っていた。日本は、新しい「匠」のテクノロジーを開発して高付加価値製品を考案する。そのノウハウを発展途上国に提供し、完成品を作ってもらう。日本はノウハウのロイヤルティーを得てもいいし、途上国へ投資し、そこからリターンを得てもいい。何から何まで国内で作ってひたすら海外に売る事業モデルをしつこく追求しようとしても無理だ、というわけである。
 中国やインドの台頭、日本の少子化ということを考えると、最終的には服部氏の言うような姿に移行しないといけないのかもしれない。ただ、こうした動きを取っている製造業はまだ少ない。
「現状を正確に伝えるから、アイデアを出してほしい」
 とにかく服部氏の主張はユニークであった。時計産業に属している服部氏が時計産業の問題点を分析し、NHKが美談として紹介してくれた逸話を「嘘」と断ずる。このようなことをあえてする経営者は珍しい。自らの組織や産業に対してあまりにも厳しい姿勢に驚き、その理由を尋ねたことがある。服部氏はこう答えた。
 「日本のメーカーはおしなべて完成品ビジネスで弱い。ここを何とかしないといけない。とりわけSIIにとっては死活問題だから、何としても答えを知りたい。それには状況を正確にお伝えしたうえで、色々な人の意見を聞くしかないんです」
 大学などで講義をする時、服部氏は電子メールのアドレスをスクリーンに大きく映し出し、「付加価値の高い匠の製品を生み出すために、いいアイデアやヒントがあったら私にメールを送って下さい」と頼み、頭を下げた。「様々な分野の論客や、若い人たちを集めて、匠の実現方法を議論する勉強会をやれないか」といった構想も温めていた。
 こうした服部氏の思いがSII社内でどこまで理解されていたかは分からない。
“ヒール服部”を追放したSIIの行方はいかに?
 服部氏は、セイコーグループの創業家一族であり、SIIの筆頭株主であり、長者番付の上位に顔を出す資産家であり、米スタンフォード大学のMBA(経営学修士)である。
 「ものづくりだけではダメ」「匠を目指せ」「輸出型ものづくりは限界」などと上から申し渡された経営幹部や社員からすると、議論はおろか、質問すらしにくい息が詰まるような雰囲気があったのかもしれない。
 あるいは、事業や産業の実態からかけ離れた御曹司社長の夢物語として、周囲からは全く相手にされていなかったのかもしれない。
 もしかしたら、服部氏の吐く正論を疎み、自ら変わることを拒んだ抵抗勢力が反旗を翻したということなのかもしれない。
 はっきり言って、その真相は分からない。だが、服部氏が論じた警鐘のすべてが今回の騒動でかき消されてしまうとしたら大きなマイナスなのではないだろうか。SIIの新経営陣が、「愚直にものづくりに邁進する」などと言い始めたら、危機の兆候なのかもしれない。

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