Monday, May 07, 2007

そのIT投資は本当に必要なのか?

X社の経営者は、自社のIT(情報技術)投資には多くのムダがあるのではないかと感じていた。本社にIT部門はあるものの、全社のITコストを必ずしも把握しておらず、各事業部門が独自の予算の中でシステム開発を行っている。かといって各事業部門には、必ずしもIT担当が配置されているわけでもない。中にはたまたまITに詳しいというだけの理由で、ITの管理を任されている者もいるようだ。
 そこで、外部のアドバイザーを招き入れ、体制を立て直すことにした。アドバイザーは、まずIT支出の全体像を把握することから分析を始めた。その結果、予算上で管理されている以上のシステムが社内に存在することが明らかになった。
 具体的には、予算上は「研究開発費」「販売管理費」などの名目になっておりITコストとして計上されていないのだが、実態はシステム開発や機器調達に充てられている「隠れITコスト」がかなりの額に上ることが判明した。資産としても、端末やサーバーなど本社IT部門が把握していないものが数多く発見された。リースを受けているサーバーが当初想定した数の倍以上ある実態も明らかになった。
社内で100件以上も寄せられたIT投資計画
 こうした実態を踏まえて、アドバイザーは大きく2つの改善案を提案した。1つ目は、ITコストを早急に適正化するために、仕掛かり中の大型開発プロジェクトについて内容を再吟味し、今年度の支出を最低限必要なレベルにまで絞り込むこと。2つ目は中期的な対策として、社内のIT投資に関する意思決定を透明化することである。
 これを受けて大型案件の内容を即座に見直すと同時に、次年度のIT投資予定を吟味するため、役員全員がメンバーとなる「IT投資会議」を年末に開催する運びとなった。
 各事業部門に対しては、このIT投資会議で審議しないものは次年度の予算対象にはならないことを明示した。この結果、各部からは合計で100件を上回る投資計画が寄せられた。既に推進中のシステム開発プロジェクトもあれば、次年度から新たに開発を始めたいというものもある。
 驚きだったのは、各部から提示された計画を単純に足すと、今年度のIT予算の50%を超える額になったことだ。「ここで提案しておかないと“足切り”に遭ってしまう」と、あわてて提案してきたようだ。事実、提案内容を見ると、まだまだ構想が固まっておらず、必要額も大雑把な概算レベルの新規開発案件が多く見受けられた。
 100件以上の案件を全部審議することは不可能なので、本社IT部門は、第1回の議論の対象を「新規の案件で、かつ1件当たり1億円以上のもの」に絞ることにした。それによって対象は10件程度に絞り込まれた。
実態は「事前調査段階」だった案件
 いよいよ、初めての全社IT投資会議の日を迎えた。まず、案件を提案している各部の部長に趣旨を説明してもらう。部門の長である部長に責任者としての意識を持ってもらうために設定したルールである。ただし実際には説明が十分にできないだろうと思われる部長もおり、補足要員の同席を認めることとした。
 案の上、各部長の説明の質、レベルには相当のバラツキがあった。社長の目から見て興味深かったことに、提案内容への精通度合いにバラツキがあるのは当然として、ITにかける思い入れにも各人各様の差があるようで、淡々と説明をする部長もいれば、自分が思い描く夢を滔々と語る部長もいた。
説明の後は、質疑応答である。ここでは社長も含め経営陣から素朴な質問が数多く出された。多くは、ITシステムの必要性や費用対効果に関するものである。会議の後半になると役員陣も慣れてきて、「IT以外の方法で解決できないのか」「顧客やユーザーのニーズを正しく把握できているのか」といった質問や、そもそもIT投資の前提となっている事業構想やビジネスモデル自体は問題ないのか、という問いかけも出るようになった。

 こうした中で、社長はあることに気づいた。「IT投資案件」と言っていながら、実は実際にシステム開発を行うものではなく、事前調査段階のものが多かった点である。まだ構想段階にあり、「もしかしたらシステム化する必要が出てくるかもしれない」という施策が、あたかも「IT投資」を前提として捉えられていたのだ。

 会議では、「この案件はやめよう」と結論づけられたものは、1件もなかった。むしろ、「実施までにこうした点をチェックするように」という宿題が与えられた。決してルーズな意思決定をしたわけではない。むしろ、「仮に予算が認められても自動的にOKということではない、実際の予算執行時には改めてIT投資会議の場でその内容を吟味するよ」という意味である。これは事前に外部アドバイザーとの打ち合わせで決めておいたことである。

議論を繰り返すことでIT組織力は高まる

 会議は予定時間を大幅に超えて終了した。初めての全社IT投資会議を終えて執務室に戻った社長は、今日の会議を振り返ってみた。そして、自分なりのいくつかの発見を心にとどめた。

 第1に、IT投資と言いながら、実はシステム開発の前段階の調査や構想作りを行うものが散見されたことの意味である。これまでにも、システム開発を前提として「調査作業」が開始され、いったん始まってしまうと自動的にシステム構築が始まってしまったものはないだろうか。

 また、今までITベンダーに依頼していた「構想作り、フィジビリティー(実行可能性や採算可能性)調査」などの作業は、本来は社内の業務部門が考えるべき内容ではなかったのか。依頼されたITベンダーも実は困っていたに違いない。そんな実態が白日の下に晒されただけでも、大きな意義があるように感じられた。

 次に、部長たちのITに対する思い入れの差である。淡々と説明する者がいる一方、一部の者はあたかも我が子のようにシステム投資を擁護する。これは、システムに期待する内容に相当のバラツキがあることを示しているように思えた。客観的な視点から妥当性を吟味して、社内に共通の見方を作り上げていくことが重要だろう。

 最後に、大きな案件だけとはいえ、社内のIT投資案件を共通のテーブルの上に載せ、役員全員の目に触れさせたことの意義である。具体的なコスト削減や投資効果の向上につながったわけではないが、こうした議論を経営陣が行ったこと自体に大きな意義がある。今日1日を振り返ってみても、質問の質が随分と向上したようだし、経営陣の中に「正しい質問」が出せる素地ができてきたように感じられた。

 今日のような議論を繰り返すことで、IT管理の組織スキルを高めていくことができる。その第一歩を踏み出すことができたに違いない。今後も時間はかかるかもしれないが、継続していこう──。社長はその思いを強くして帰路についた

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