Tuesday, August 21, 2007

広がる信用崩壊

━━━━━━━━━★広がる信用崩壊━━━━━━━━━
 8月16日、アメリカ最大の住宅ローン専門の金融機関であるカントリーワイド・ファイナンシャル社が、社債市場での資金調達が困難になったため、代わりにアメリカの40行からなる銀行団に115億ドルの運転資金を融資してもらって事業を継続すると発表した。この前日、カントリーワイドは資金調達ができずに倒産しそうだという報道が流れていた。
 翌8月17日、アメリカの連邦準備銀行(中央銀行)は、貸出金利(公定歩合)を0・5%引き下げて5・75%にしたが、これはカントリーワイド社を助けることが目的の一つだったのではないかと金融市場で指摘されている。
 カントリーワイドは、アメリカの住宅ローン市場で13%のシェアを持つ最大手である。同社が資金難に陥って倒産したら、信用度の低い住宅ローンであるサブプライム市場で起きている市場崩壊(信用収縮状態)が、間違いなく優良な一般の住宅ローン市場の方に拡大する。信用度の高い人々でさえローンを組めなくなって住宅の売れゆきがさらに落ち、米経済そのものが不況になってしまう。
 8月上旬以来、アメリカの多くの銀行は「住宅ローンへの融資」と聞くだけで尻込みして貸したがらない信用収縮(クレジットクランチ)の状態になっている。カントリーワイド社が「だれもうちの社債を買ってくれなくなりましたので、金を貸してください」と銀行に頼みにいっても、融資枠のある銀行ですら、ほとんど受け付けないだろう。連邦準備銀行がひそかに音頭をとって、連銀自身も金利を下げて協力するから、民間銀行もカントリーワイドに金を貸してほしいと非公式に要請する必要があった。
▼過度に慎重になる投資家
 カントリーワイド社は8月2日の記者会見では、資金調達の方法はたくさんあるので資金難に陥ることはないと表明していた。この表明は誇張ではなかっただろう。8月2日の段階では、まさか優良なカントリーワイド社が資金難に陥るとは、ほとんど誰も思っていたなかったはずだ。だが、事態はその後の2週間で急速に悪化した。
アメリカを震源地とする今回の国際金融危機の発端は、6月から続いていた高リスクのサブプライム住宅ローンの債券市場の信用収縮(誰も買いたがらなくなること)が、7月末に、同じく高リスクの企業買収資金調達の債券市場へと感染したことである。同時期に、アメリカのサブプライム債権の運用に足を突っ込んでいたドイツやフランス、オーストラリアなどの金融機関が相次いで巨額の損失計上を発表した。このため、信用収縮は分野や地域を超えて拡大感染した。それ以来、債券市場の投資家は急にリスクに過敏になり、あらゆる投資に対して過度に慎重になった。
 中国の上海市場など、わずかの例外を除き、全世界株価が下落したのも、債券市場から始まった信用収縮が株式市場に波及したからだ。カントリーワイド社が資金調達難に陥ったのも、投資家の多くが「信用度に関係なく、住宅ローン債権への投資は危ない」と考える傾向を急に強めたからである。
 もし連銀など当局が助け船を出さず、カントリーワイドが資金調達できずに倒産していたら、市場は「あんな優良な金融会社ですら倒産してしまった」と驚き、投資家は信用収縮の傾向をますます強め、事態はさらに悪化しただろう。連銀は事態の悪化を食い止めたことになるが、これはおそらく短期的な効果しかない。世界の多くの投資家は、依然として信用収縮の状態を続けており、米国債など最も安全とされる対象への投資が殺到している。
 カントリーワイド自体、債券市場が信用収縮で凍結された状態が今後3カ月続いたら、連銀などのテコ入れもむなしく、倒産してしまうだろうと予測されている。
▼インターバンク市場でも
 信用収縮の感染範囲は、まだ拡大する方向にある。その一つは、世界の銀行間で資金を貸し借りする「インターバンク市場」である。この市場は、銀行にとって最も大事な資金調達の場であり、銀行のみが参加する最も安全な金融市場と考えられてきた。ところが8月9日から10日にかけて、信用収縮がインターバンク市場にも感染し、市場金利がアメリカとヨーロッパの両方で1%近く急騰した。銀行の中に、他の銀行すら信用できないところが出てきたのである。
 驚いた欧州中央銀行は、9日に950億ユーロの巨額資金を市場に供給し、借りたくても借りられず資金難に陥る銀行が出現することを防いだ。数時間後、朝を迎えたアメリカでも、連銀が資金を流し込んだ。翌10日にも欧米両方で異例の資金供給が続けられた。
 ここ数年、欧米の大手銀行の中には、関係会社を作ってローン債権の証券化(債券化)を手がけたところが多い。今回の債券市場の崩壊によって大損を被った関係会社を、母体の銀行が救済しなければならないところが出てきているが、まだ損失が表面化していないケースが多いと推測されている。今後、世界のどの銀行が大損失を発表するか分からない状態だ。金融界は、無数の小さな手榴弾を抱え、いつどこで誰の爆死するか分からない状態だと形容され、この事態は今後もしばらく続くと予測されている。銀行家が、他の銀行に金を貸したがらないのは理解できる。
 従来、銀行は誰かに融資をしたら、それを自行で抱え、債権として財務諸表に計上していた。ところが1990年代からアメリカを中心に盛んになった「証券化」の手法によって、銀行は自行の債権を証券化(債券化)し、小分けにして投資家に売ることで、財務諸表に計上しなくてすむ方法を見つけた。債権を自行で抱えると、融資先が経営難に陥ったときに不良債権になる。融資先の企業の格付けが落ちるだけで、債権が不良化したとみなされて、銀行自体の格付けが落ちる。国際決済銀行(BIS)も、銀行が債権を抱えすぎることを禁止している。
 世界の銀行は、債権を抱えず証券化して売却することを好むようになり、この10年間で、あらゆる債権が証券化され、債券として売られるようになった。小分けされた債券は、リスクの大きさごとに類別され、同じ等級のリスクの複数の種類の債券を混ぜて新商品の債券として売るといった複雑な商品化が行われた。無数の牛や豚の挽き肉を混ぜてハンバーグを作るようなものである。
▼「もう危機は終わったと言っている人は馬鹿」
 ハンバーグが元々どの豚の肉だったか判別するのが難しいのと同様、こうした債券は、もともとの債権債務関係を突き止めることが容易でない。だから、アメリカでサブプライムのローンが破綻したことが、どの債券に損失を与えているかを事前に特定することは難しく、実際に破綻が進行していかないと、誰が大損するか分からない。
 今、債券市場で起きていることは、それまで「挽き肉は安くてうまい」と思っていた人々が、何かの事件をきっかけに「挽き肉は何が入っている分からず危険だ」と集団心理で思うようになり、挽き肉が入っていると想像される加工食品はすべて売れなくなり、人々は最も安心確実な「国債」という肉だけを買いたがるようになったようなものだ。
 8月20日、日本の株価は前週末の急落から大きく反発して上がった。日本の個人投資家の間では、前週末に米連銀が貸出金利を下げたことで「もう大丈夫かも」という見方が広がったようだが、実際には、アメリカの事態は全く好転していない。この日アメリカでは、全く売れなくなっている社債市場を蘇生させようと連銀や財務省が非公式に金融界に働きかけた。しかし投資家は社債を忌避して安全な国債を買いたがる傾向をむしろ強め、国債の相場は上昇を続けた。
 社債が売れない状態が続くと、企業の資金調達が難しくなり、実体経済への悪影響が広がり、株価も下がる。連銀や日銀など各国の中央銀行が動き出したことで危機が終息過程に入ったと見るのは間違いで、危機の第1幕が終わり、これからもっとひどい2幕目が始まると考えた方が良い、と8月15日付けのフィナンシャルタイムスの記事は書いている。
 往々にしてプロパガンダ色が強い英エコノミスト誌も、8月16日付けの社説で「市場参加者の全員が売りたい状況なので、資産価値の下落がどこまで、どんな速さで続くのか、誰にも想像がつかない」「今回の危機は(証券化という)金融界の新構造に深く根ざしている(ので深刻だ)。もう危機は終わったと言っている人々は、馬鹿(fool)か、自分の利害を守るために(でたらめを)言っているだけだ」と、事態の深刻さを率直に指摘している。
▼プログラム売買のなれの果て
 エコノミスト誌も指摘しているとおり、今回の金融危機は、今の国際金融界のシステムの根幹を機能不全に陥らせている。たとえば、米大手投資銀行のゴールドマンサックスが、コンピューターのプログラムによる自動売買で利益を出すファンド「Global Equity Opportunities」が8月上旬の1週間に30%以上の大損失を出したと発表したことに、事態が象徴されている。
 このファンドは、無数の債券の価格(利回り)の変化にわずかな遅延が起きることがあることを利用して、少しでも高く売って安く買うことをプログラムしてコンピューターを回し、無数に自動売買して儲けを積み上げる。このファンドは最近まで利益を出していたが、8月上旬の債券市場の混乱によって、相場は「10万年に一度しか起きない」とされる未想定の事態となり、コンピューターは制御不能に陥って、損失を出す方向の自動売買が急拡大してしまった。SFマンガの筋書きのような話だ。
 ゴールドマンは、自社だけでは処理しきれないので、盟友関係にある他の何社かの機関投資家に頼んで、大損したこのファンドに金を入れてもらい、何とかしのいだ。自社だけで抱えていたら、ゴールドマンは潰れていたかもしれない。
 金融界で最も地位の高いゴールドマンは、損失とそれに対する処理を発表したが、同社以外にも、多くの金融機関が似たようなプログラムを組み、同様のファンドを持っている。プログラムの多くは似たような構造になっているので、他にも損失を出しながらまだ隠している金融機関があるはずだ。
 この手のプログラム売買ファンドは、1998年に潰れた米ヘッジファンドLTCMが盛んに手がけ、破綻したのと同種の仕組みである。LTCMの破綻は、世界の金融界に大打撃を与え、97年からの世界通貨危機にとどめを刺した。まさに「歴史は繰り返す」である。だが、今回の事態は、98年の危機をはるかにしのぐ大きさだ。98年にはLTCMだけが危機の震源地だったが、今回はゴールドマンのファンド破綻は、危機全体の一こまにすぎない。
 「10万年に一度の事態」などと数値的な言い方で誤魔化しているが、今回の危機で暴露されたことは、コンピューターのモデルが対応できるのは平時の取引だけで、市場全体がパニックになった時には対応しきれずフリーズしてしまうということだ。LTCMの時に、この手のプログラム売買の限界は分かっていたはずだが、その後も目立たないように、この商法はまかり通っていた。
▼まだ続く「清算」
 今回の危機では、損失がどこに隠されているか分からないので、アナリストら市場関係者の中には「ここも危ない」と危機を扇動して売りを誘発して儲けようとする動きも出ている。その一例は「モノライン保険」(金融保証保険)の業界に対するものだ。この業界は、債券を買った人に保険をかけてもらい、万が一その債券が債務不履行で紙くずになった場合、元本と金利に相当する保険金を払う仕組みだ。アメリカで発行される地方政府債の50%、社債の20%に、保険がかけられている。
 保険対象の中には、当然ながらサブプライムの住宅ローン債券も入っている。このところ「サブプライム」という言葉は「破綻」と同義語だ。これに目を付けたヘッジファンドが「モノライン保険業界は、サブプライム債券で損失を抱えているはずだ」と扇動的な指摘を発し、モノライン保険会社の株価を引き下げようとしている。
 こうなると、たとえモノライン保険業界のサブプライム債券による損失が大したことなくても、実態とは関係なくモノライン保険業界は銀行や投資家から忌避され、資金難に陥りやすくなる。危機は、金融界のどこにでも感染し得る。
 今回の危機が世界経済にとって厄介なのは、最近の約10年間で、あらゆる債権債務関係が証券化(債券化)されており、その債券市場で信用収縮が起きていることだ。証券化によって、金の貸し借りの総額が急増し、世界の金融市場の規模は何倍にもなり、この拡大が世界経済の成長力の一因となり、アメリカなど先進国の消費者のローン拡大を通じ、世界の消費増にもつながってきた。
 今起きていることは、証券化や貸し借りの突然の「清算」である。債券(国債以外)を買った人の多くが、できるだけ早く手放したいと考え、新たな債券を買うのはまっぴらだと思っている。アメリカの連銀は、この清算のプロセスを止めることはできないと考えており、清算の進行による悪影響を減らし、秩序だった清算になるよう、努力をしているだけだという。この清算過程は短期間では終わらず、まだ続くと指摘されている。
▼アメリカ経済覇権の失墜に至るかも
 今後、清算がある程度終わった段階での世界の金融の景色がどのようなものになるのか、今はまだよく見えない。ただ、これまで世界の消費力を牽引してきたアメリカの経済は、借金や証券化といった、従来より簡単にお金を作れる手法に頼って成立しており、それが全部ではなく一部が清算されるのだとしても、清算が米経済に大打撃を与えずに終わるとは考えられない。
 連銀が危機回避のため、根幹となるFF金利を引き下げるという予測もあるが、連銀が利下げしたらアメリカではインフレがひどくなる。これは米経済に打撃を与えるとともに、ドルの価値下落を意味し、国際備蓄通貨としてのドルの地位を脅かす。利下げしても危険、しなくても危険という板挟み状態である。
 今はまだ、債券市場の崩壊は社債分野のみで、米国債はむしろ社債からの逃避先として買われている。しかし、長期的に見ると、米国債は安心できる投資先ではない。従来、中国やアラブ産油国など、世界の中で外貨を貯め込んでいる諸国は、ドル建てでの貯蓄を好み、米国債を買っていた。米国債(長期債)の半分近くは外国勢が買っている。しかし、米経済の成長が減速したりインフレになったりして、資金をドル建てで置いておくメリットが減ると、米国債も売れなくなる。ドルと米国債の力が落ちることは、アメリカの覇権失墜そのものである。
 国際情勢に対する私の関心の中心は、アメリカの覇権がどうなるかということだ。アメリカの覇権衰退と多極化は、世界の構造を大きく変える。ここ3回ほど、毎回アメリカの金融危機について書き続けているが、この問題を連続して書いているのは、この金融危機が、イラク占領の失敗とならぶ、アメリカの覇権衰退の引き金になっていく可能性があるからだ。

世界金融危機のおそれ

━━━━━━━━━━━━★世界金融危機のおそれ━━━━━━━━━━━━
 アメリカの金融市場は、6月末に高リスク住宅ローン(サブプライム)債券市場が下落し、それが7月25日に企業買収用資金調達の債券市場の急落へと感染した。その後の1週間で、米金融市場では、事態が早いテンポでさらに悪化している。
 住宅ローンの分野では従来、収入の低い人や、すでに借金漬けの人など、条件の悪い人への「サブプライム」の貸し出しについては、金融機関が貸し渋る傾向がすでにあったが、先週以来、住宅ローン貸し出しに対する金融機関の審査が急に厳しくなり、サブプライムの融資は市場全体でほぼ停止されただけでなく、条件の良い人(プライム)に対する貸し出しについても、貸し渋りや金利上昇が起きている。
 ローン金利は、1週間で1%ポイント以上はね上がった。住宅ローン会社の担当者も、この展開の早さには驚き「信用収縮(クレジット・クランチ)と言われているが、そんな生やさしいものではなく、信用凍結が起きている」とニューヨークタイムスにコメントしている。
 住宅ローンに対する信用収縮は、一般市民の借り手だけでなく、住宅ローン専業金融機関の資金調達にも影響を与えている。大手のアメリカの住宅ローン専業金融機関だった「アメリカン・ホーム・モーゲージ」(American HomeMortgage Investment)は、資金調達難に陥り、8月3日に廃業(倒産申請)した。
 この会社は、優良なプライムの住宅ローンを中心に扱っていた。だが、ここ1週間、パニックに陥っている銀行や投資家は、リスクの度合いに関係なく住宅ローンの債券や融資を敬遠する傾向を突然強め、銀行は、事前にアメリカン・ホーム社に対して融資すると約束していた貸し出し枠の分を貸すことを拒否し、すでに融資している分については担保の積み増しを要求した。同社は、わずか数日で倒産に追い込まれた。
▼広がる貸し渋り
 ここ数年のアメリカの景気は、市民が自宅を担保に借金した金で消費することが最大の下支え要因だった。住宅ローンの凍結は、そのアメリカの消費力に、ここ一週間で急ブレーキをかけたことになる。この動きは、アメリカの消費を減退させ、中国や日本など、対米輸出で経済を回している国々にも悪影響が出る懸念がある。
 アメリカの信用収縮は、住宅ローンだけでなく、企業の事業用資金の融資や債券発行にも悪影響を与えている。銀行は企業への貸し渋りや審査の厳格化を行い、米企業の債券の格付けは下落(金利は上昇)している。米信用格付け会社S&P(スタンダード・アンド・プアーズ)によると、アメリカで発行された社債の半分以上が、高リスク・高利回りのジャンク債の格付け(speculative grade)に下がっている。
 アメリカで起きている信用収縮は、消費者と企業の両方の資金を枯渇させている。IMF(国際通貨基金)は8月2日、住宅ローン危機による信用収縮は、アメリカ経済の回復を止めてしまうかもしれないと危惧する報告書を発表している。
▼自らの投資のリスクを把握できない投資家
 アメリカのサブプライムの住宅ローン債券は、高利回りをうたう金融商品の中に組み込まれ、投資する側が、自分の投資の中に高リスクのサブプライム債券が組み込まれていることを、今回の危機が発生するまで十分に把握していなかったというケースが、世界的に多発している。各国の政府当局も、自国の金融界がどの程度サブプライム債券への投資を抱えているか、よく分かっておらず、危険な状態になっている。
 ドイツでは、ドイツ産業銀行(IKB)という金融機関が、最近の数日間のうちに、サブプライム債券投資の巨額損失で経営難に陥り、独政府系金融機関が支援する救済策が打たれたが、IKBは、つい10日前の定例記者発表では、サブプライム債券の崩壊で損失を出していることはないと説明していた。
 加えて、先週月曜日に最初にIKBがサブプライム債券の損失を発表したときには、損失額は80億ユーロと発表されたが、木曜日には損失額が170億ユーロに増えたと再発表された。こうした混乱はIKBが、自分たちが投資しているアメリカの金融商品の中身について十分に知らなかったことから発生している。
 IKBが抱えた損失は、同行の株式の時価総額の何倍もの規模を持っており、同行は今回の問題で突然死の状態になった。損失の大きさ、被害拡大の早さと国際的な広がりをみて、ドイツの金融当局者は、今回のアメリカ発の信用収縮は「1931年の世界金融恐慌以来の大規模な金融危機に発展するかもしれない」と警告した。
 つい先日まで、世界的に金融界では「金あまり」でリスクが軽視される傾向があり、金融機関だけでなく、年金基金や地方自治体も、リスクについて深く考えず、高利回りという点に引かれてサブプライム債券に投資してきた。オーストラリアでは、35以上の地方自治体が、米投資銀行のリーマンブラザーズ系のサブプライム債券(年利回り7・6%)を買っており、これらが今後どう処理されるかが注目されている。
▼隠される事態の深刻さ
 欧州やオーストラリアでは、アメリカ発の信用収縮の被害が深刻にとらえられているが、本家のアメリカでは、信用収縮はあまり深刻に報じられていない。ドイツ当局者とは対照的に、アメリカのポールソン財務長官は「(これまでリスクに鈍感だった)投資家のリスク感覚が、正常に戻るという良い効果がある。(アメリカ以外の)世界経済の成長力が旺盛なので、経済全体への悪影響は少ない」という主旨の発言をしている。
 日本のマスコミでも、今回の信用収縮はあまり大きく報じられていない。世界の株価も、先週から下落しているものの、今のところ暴落ではない。そのため、ドイツ当局者の恐慌説より、アメリカ当局者の楽観説を信じる人が多いかもしれない。しかし、私が最近の金融動向をできる限り詳しく見た上で思うのは「世界の金融界は、巨大な危機に直面している」ということである。恐慌懸念の方が正しく、アメリカ当局は危機回避を狙った情報操作を行い、日本ではそれが鵜呑みにされていると感じる。
先週に急落した高リスク債券には、サブプライムの住宅ローンのほかに、企業買収の資金調達のためにアメリカの投資銀行が発行した債券がある。アメリカの企業買収会社が買収対象の企業の株を買うための資金を、投資銀行が融資し、投資銀行はその債権を証券化(債券化)して分譲販売している。これらの債券は先週から全く売れなくなり、ゴールドマンサックス、リーマンブラザーズ、ベアースターンズといったアメリカの大手投資銀行は、買収用債権を自ら抱えねばならなくなっている。
 このまま債権が売れないと、多くの企業買収が途中で頓挫し、買収対象企業の株は下落し、投資銀行の債権の価値が大幅に下落する。先週、その危険性が急増したため、信用格付け会社は、ゴールドマンサックスやリーマンブラザーズの格付けをジャンク債の一歩手前まで引き下げた。経営難に陥っている企業とみなされたのである。格下げによって、これらの銀行は、より多くの金利を出さないと債券が売れなくなり、利益を出しにくくなった。
 先週以来のアメリカは、大手投資銀行が経営難に陥り、大手の優良住宅ローン会社が1週間で倒産している。そんな状況なのに「悪影響はない」「信用収縮なんか起きてない」と言っているアメリカの財務省や連銀の言葉は信用できないと、アメリカの機関投資家が言っているが、私も同感である。
 もし今後、アメリカの大手投資銀行が倒産した場合、事態は世界的な金融クラッシュへと発展するだろうという予測も出ている。アメリカの投資銀行は、世界の金融界の最も重要な部分を握っており、扇の要である。その破綻は、全世界の金融システムに大きな衝撃を与える。
▼日本の金融機関を潰しかねない円キャリー取引
 アメリカの消費を支えていた住宅ローン市場の信用収縮によって、米経済が不況に陥ったら、米当局は金利を下げる必要が出てくる。しかし、まさに利下げが必要な今、石油相場が需給逼迫によって高騰し、1バレル=100ドルに達するかもしれないと予測されている。石油の先物市場では、すでに100ドルで取り引きされている。投機筋は、近い将来に100ドル超まで上がると予測しているということである。石油高騰はインフレを激化させ、利下げを難しくする。(石油高騰は、石油そのものの値上がりより、ドルの下落という側面が大きいと指摘されている)
 石油だけでなく、トウモロコシなどの食糧も高騰が予測されている。これらの要因は、いずれも世界的なインフレにつながり、利上げが必要になる。ブッシュ政権が打ち出した「バイオエタノール構想」で、燃料用に使われるトウモロコシが急増し、豊かにになりつつある中国などでの消費増と相まって、今後数カ月の間に、穀物価格が上昇しそうだと、石油や地政学の分析者であるウィリアム・エングダールが指摘している。
 今後、アメリカの株式市場が急落した場合、日本にとっては東京市場の株価の連鎖的な下落だけでなく「円キャリー取引」の巻き戻し(清算)による急激な円高ドル安と、円キャリー取引に円資金を供給してきた日本の金融機関が破綻するおそれも出てくる。
 円キャリー取引は、外国の機関投資家などが日本で低金利の円建て資金を調達し、ドルに転換してアメリカの株などに投資して差益を儲ける手法で、最近は、ニューヨークの株式市場が上昇した日には円キャリー取引が進み、円安ドル高になる傾向が強い。つまり、ニューヨークの株価を支えている要因の一つは、欧米の機関投資家が円キャリー取引で調達した資金だということになる。
 ニューヨークの株価は今後、債券市場の信用収縮の影響を受けて下落するだろうと予測されている。株価が下落した場合、円キャリー取引は清算され、円高ドル安になるが、株価下落があまりに急だと、円キャリー取引をしていた投資家が巨額の損失を出し、円高の為替差損と相まって、日本側の金の貸し手に資金を返済できなくなる。
 円キャリー取引の円資金を誰が供給しているか、全く報じられていないが、多くは日本の金融機関が融資ないし債券購入していると推察される。アメリカの株価が急落すると、日本の金融機関は、株式投資の損失だけでなく、円キャリー取引の清算に失敗した外国人投資家に対する不良債権も、突然に抱えることになる。