Sunday, July 15, 2007

断裂する中国社会

■1.聳え立つ高層マンションとうらぶれた低層住宅■

 香港の対岸に位置する広東省を3年ぶりに訪れた。広州空港
は、3年前は拡張されたばかりで閑散としていたのだが、現在
は利用者も激増して、世界のハブ空港と比べても遜色のない巨
大空港に成長していた。しかも、新たな拡張工事が進んでいて、
そんなに旅客需要があるのか、とつい余計な心配をしてしまう。

 空港からの高速道路もトラックや乗用車で溢れていた。以前
はこの高速道路もできたばかりで、ほとんど車が走っていなかっ
た。ホンダ、トヨタ、日産がこの地に進出したせいか、日本車
が目立つ。それもアコードとかカムリなどの2、3百万円もす
るクラスが多く、日本で激増している軽自動車はほとんど見ら
れない。

 街ではついに5つ星ホテルまで誕生したという。その21階
の一室に泊まったが、内装や調度品も欧米の一流ホテルと遜色
ない。泊まっている客も日本や韓国からのビジネス客ばかりで
なく、中国人の観光客も多い。

 窓から見渡すと、大きな川の対岸には、高層マンションが建
ち並んでいる。わずか3年前にはなかった光景である。中国の
凄まじい経済発展ぶりは、こうした光景の変化だけで十分に感
じ取れる。

 しかし、案内の人に聞くと、投資目的で買う人が多く、半分
ほどは人が住んでいないという。また、窓からすぐ下を見てみ
ると、裏通りに昔ながらのうらぶれた2階建ての住宅が見えた。

 聳え立つ高層マンションとうらぶれた低層住宅と、このギャッ
プに中国社会の現実がある。

■2.「新富人(シンフーレン)」■

 東京新聞の論説委員で、1、2ヶ月毎に中国を訪れている清
水美和氏は、北京でのこんな体験を語っている。[1,p25]

 日本からの客を接待するため、新しくできた高級レスト
ランの個室を予約しようと電話をかけた。「最低消費料金
は1万元(1元=約14円)から」と言われて、あわてて
電話を切る。結局、胡同(フートン、路地)にある老舗の
食堂で北京の伝統料理を食べさせた。4人で3百元もしな
い。遠来の客は、これが本場の味と喜んで帰っていった。

 1室最低14万円ものレストランの客は「新富人(シンフー
レン)」と呼ばれる中国に登場した富豪たちだ。彼らは8百万
元(約1億1千万円)以上もするベントレーで、こうしたレス
トランに乗りつけ、1280元(約1万8千円)もする日本産
アワビ料理に舌鼓をうつ。1280元と言えば、貧困地域の農
民の6年分の年収に匹敵する金額である。

 ベントレーの最高級車の売上は中国が世界一。上海郊外では
十億円クラスの超高級住宅が次々と建設される。アメリカン
・ドリームならぬ「チャイナ・ドリーム」の世界である。

■3.「上海一の金持ち」■

 清水氏の『「人民中国」の終焉』[1]は、新富人の代表例と
して「上海一の金持ち」と言われた周正毅の生い立ちを詳しく
紹介している。2002年に米誌『フォーブス』が中国長者番付の
11位と評価した人物である。周は自らの富豪ぶりをこう豪語
する。

 私には150億元(約21百億円)の資産がある。上海
で最初のフェラーリを買い、香港には3つの豪邸を持ち、
車もBMWやベントレーなどもある。大量の株券に加え、
転売を待つマンションもある。農業、ハイテク、高速道路、
ギャンブル船にも投資してきた。これまでは隠してきたが、
商品先物市場の会員で、証券会社2社、全国規模の商業銀
行1行の大株主でもある。上海の上場企業2社、香港の上
場企業2社も買収した。[1,p38]

 40歳前後の若さで、周はどうやってこれだけの財産を手に
入れたのか。周は1964年、上海の下町に住む労働者の家庭に生
まれた。中学を卒業して、月給30元(400円ほど)で工場
勤務をしていたが、1980年代にトウ小平が改革・解放を呼びか
けたのを機会に、ワンタン売りの小さな店を始めた。その後も
育毛剤の販売やレストラン経営をして、徐々に財産を増やして
いった。

■4.「一株2元があっという間に20数元に化けた」■

 周が投資家として大きく飛躍したのは、1995年に多くの国有
企業が株式制に移行した時だった。国有企業の株式は上場前に
従業員に配られたが、労働者の多くは株式の知識が乏しく、目
先の現金欲しさに1株2、3元で株を売り払った。これらの株
は、上場後に10倍以上に値上がりした。周はこう語る。

 2、30万元買った会社もあれば、何百万元買った会社
もある。最も多かったのは「福建九州」で2千万元買った。
このうち「珠海格力電器(グーリー)」は一株2元があっ
という間に20数元に化けた。

 この時期に、周は「1億元(約14億円)」以上、稼いだと
いう。

 株式制は、慢性赤字に悩む多くの国有企業を改革するために、
とられた政策だった。「多くの株主が企業を共有する株式制は
公有制の一種と見なす」という見解が、中国共産党の第15回
で打ち出された。本来、資本主義的制度である株式制を、共産
主義の本質である「公有制」に言いくるめてしまう、まことに
中国らしい融通無碍な解釈である。

■5.共産党幹部たちの国有企業簒奪■

 国有企業は雪崩を打って、株式化されていった。しかし、そ
の実態は多くの株主による「公有制」とはほど遠いものとなっ
た。

 たとえば、2000年4月に、湖南省・長沙市の3社が株式制に
移行した。これらはいずれも経営状態の良い、改革など必要の
ない国有企業だった。「湖南湘江塗料」は全国でもっとも経営
状態のよい500社の一つとされていた。「湖南通大」は全国
500大機械会社の一つ。「湖南友誼アポロ」は、従業員5千
人を超える、売上高全国6位の超大型百貨店であった。

 こうした優良企業が株式化され、従来からこれらの企業を経
営していた党幹部に、重点配分された。党幹部たちは、銀行か
らの融資で自社株を買い集め、わずか10日ほどで、オーナー
経営者に転身した。

 共産党の幹部が、国有企業の株式を自分たちに優先配分し、
監督下にある銀行から資金を出させる、という形で、人民の
「公有財産」があっという間に共産党幹部たちの「私有財産」
となったわけである。「国有企業改革」という旗印のもと、こ
うした党幹部たちによる国家財産の簒奪が、全国規模で、かつ
史上まれに見るスピードで進んだ。ここから多くの「新富人」
が誕生した。

 2001年7月の中国共産党創立80周年記念大会で、江沢民主
席は、市営企業家の共産党入党を認める演説を行った。海外で
は、中国共産党が市営企業家を取り込んで、国民政党に脱皮し
ようとしている、と好意的に受けとめられた。

 しかしその実態は、共産党員が国営企業を私物化して、私営
企業家となったのである。企業家党員のうち、もともと私営企
業家で、江沢民の演説以降に入党した者は0.5%に過ぎない。
逆に、企業家党員の3分の一は政府機関の幹部経験者であった。

■6.「我々から生きる糧を奪うのか」■

 周の話に戻ろう。「新富人」となるもう一つの手段は不動産
投資だ。もともと共産中国では土地はすべて国有が原則だった
が、1990年代から国有地使用権の有償払い下げが認められた。

 周は、上海の中心、人民広場から歩いて15分の「東八塊」
と呼ばれる一帯を再開発する権利を手に入れた。東京ドーム4
個分に相当する18万平方メートルの市内一等地に、20世紀
初頭からの古くて狭い2階建てが軒を重ね、住民1万2千世帯
が住んでいる。

 周は、この住民を立ち退かせ、50億元(約700億円)を
投じて、オフィスビルや商業施設、高級マンションなどによる
「静安国際コミュニティ」を建設する計画を進めた。完成時の
収益予想は30億元(約420億円)と見積もられた。

 一方で、郊外への立ち退きを迫られた住民たちには、厳しい
運命が待っていた。この地で8畳間ほどの小さな雑貨店を営む
男性は、市の中心を離れた、しかも通りに面していない一般住
宅を与えられた。これでは雑貨店をやっていけない。しかも、
その新居に27万8千元(約390万円)を払わねばならない
が、移転補償で支払われるのは19万4千元(約270万円)
に過ぎない。不足分は自分で借金をして、工面しなければなら
ない。彼はこう嘆いた。

 私たちは法を守って誠実に生きてきた。しかし、政府は
このような富豪の利益のために、我々から生きる糧を奪う
のか。

■7.「野蛮な取り壊し」■

 土地などの「社会主義の公共財産は神聖にして不可侵」と憲
法で謳う中国では、個人の居住権は認められない。地元政府が
再開発を決定し、その土地の家々に「拆(チャイ、取り壊し)」
とのビラを貼ったら、住民たちは定められた補償金を手に、期
限内に立ち去らねばならない。抵抗すれば、強制的な取り壊し
が待っている。それも日本の地上げ屋とは比較にならない粗暴
なやり方がまかり通っている。

 2003年に南京市の中心街の一帯が、再開発のために立ち退き
を命ぜられた。1千世帯以上は立ち退きに同意していたが、補
償額に不満な翁彪(当時39歳)ら10世帯が交渉を続けてい
た。

 8月のある日、翁彪は交渉のために現場事務所に呼び出され
た。その隙に、10数人の作業員が家になだれ込んだ。妻は無
理矢理家から押し出され、74歳の父は、外のレンガの塊の上
に放り出された。彼らはブルドーザーで、2分もかからずに家
を押しつぶした。妻は言う。

 私たちが10年暮らしてきた思い出の品も取り出すこと
はできませんでした。家は一瞬にして廃墟に変わり、私の
カメラや、結婚するときにお姉さんがくれた金銀の首飾り
もなくなり、CDやベッド、クレジットカード、5千元の
現金もすべて、だれかが持っていってしまいました。

 異変を聞いて駆け戻った翁は、瓦礫の山となった自宅を見る
と、何か大声で叫び、事務所にとって返した。そして、そこに
あったバイク用のガソリンに火をつけ、作業員を巻き添えに焼
身自殺を図った。翁は全身やけどで重傷を負い、2週間後に亡
くなった。

 北京では、この年の7月1日から8月20日の2ヶ月足らず
の間に、共産党北京市委員会に強制立ち退きなどを巡って直訴
に訪れた人は1万9千人に上り、また9月15日から10月1
日の間に3人が抗議の焼身自殺を図った。北京市は9月末に、
取り壊しの際に、「威嚇」「脅迫」「詐欺」などの不当な手段
を用いる事を禁じ、「野蛮な取り壊し」には法的責任を追及す
る、との通達を出した。それだけ「野蛮な取り壊し」が横行し
ている証左である。

■8.「革命前の地主は搾取はしても、土地は奪わなかった」■

 周の「静安国際コミュニティ」には後日談がある。周が地元
の西安区政府への土地使用権の払い下げ料3億元を一銭も支払っ
ていない事実が発覚し、中国最強の捜査機関である党中央規律
検査委員会が周の身柄を拘束して、取り調べを開始した。同時
に周に対する不正融資疑惑で、劉金宝・香港中国銀行総裁が北
京に召還され、更迭された。

 米紙「ニューヨーク・タイムズ」は、周が入札も経ずに再開
発の権利を獲得した時期の上海市共産党委員長書記であり、江
沢民前主席の片腕であった黄菊・筆頭副首相の政治的前途に暗
雲が立ちこめた、と報じた。

 これは江沢民前主席率いる上海閥に対する胡錦涛・現政権の
攻撃であると言われている。この権力闘争がなければ、周と共
産党トップや銀行家との癒着は明るみに出なかったろう。同様
の癒着が中国各地の再開発事業の陰に潜み、人民の土地を私物
化して、新富人を生み出している。

 農村でも同様の土地の収奪が行われている。もともと農民一
人あたりの耕地面積は0.24ヘクタールと日本の5分の一に
も満たず、生産性向上のために農地の譲渡というタブーが解禁
されたことで、土地紛争が激増した。

 県政府や村の幹部などが、わずかな補償金で農民から土地を
巻き上げて、転売するという形の収奪が広範に行われている。
党機関誌「人民日報」は「失地農民の数は現在、4千万人に達
しており、毎年2百万人ずつ増加していく」と報じた。

 中国改革発展研究院が出したレポートは、こう警告している。

 土地を失った農民は新中国建国以前の農民を上回る不満
を抱く可能性が強い。なぜなら以前の農民は地主から搾取
はされたが、土地を奪われた経験はないからだ。

 この警告は現実のものとなりつつある。公安部の発表では、
2005年1年間に発生した騒乱やデモなど「公共秩序を攪乱する
犯罪」は8万7千件に達したという。

■9.「仇富」「殺富」■

 10億円超の豪邸に住み、1億円以上の超高級車を乗り回す
新富人階級と、年間収入が百ドル以下の農民9千万人。中国社
会は今や真っ二つに「断裂」(中国紙)している。

 しかも問題なのは、新富人階級が共産党の権力を乱用して、
国有企業や土地を私物化して富をなしていることだ。中国共産
党は、かつて地主や資本家に搾取されている農民・労働者を解
放するという旗印を立てて、政権を奪取した。その共産党の幹
部たちが、今や新富人階級と化して、革命前の地主や資本家よ
りも非道い搾取を行っているのである。

 彼らに対する怨嗟や憤りの声が高まるのは当然である。「仇
富(チョウフー、富豪に仕返しをする)」「殺富(シャーフー、
富豪を消滅させる)」といった物騒な言葉がマスコミにも踊っ
ている。二度目の階級闘争がすでに始まっているのかもしれな
い。

Thursday, July 05, 2007

ハイテクではなくローテクで稼げ

設備・技術より「経営周期」を重視して成長続ける
「1億2000万円もかけて導入した電子ビーム溶接機をこの前、3000万円で売っちゃいました。人が手で溶接できるので、もう不要になったから…」  富山県黒部市に本社がある機械メーカー、カナヤママシナリーの金山宏明社長はけろりとした表情で話す。  今から13年前の1994年、アルミニウムの溶接、それも薄板ではなく厚さが80ミリを超えるような厚板の溶接用に鳴り物入りで導入した機械である。当時、同社の売上高の3分の1に相当する高価な設備で、渋る銀行に何度も頭を下げてやっとの思いで資金を調達して導入した。  電子ビーム溶接機は、真空中で電子ビームを発生させ、その電子ビームを溶接物に当てて金属を溶かして溶接する機械。電子ビームの焦点距離が非常に長いため溶接物の奥深くまで電子ビームが届くので、厚い材料を溶接できる。また、真空中で加工するため酸化しやすい材料の高品質な溶接ができる。  この機械を導入すると、難加工に頭を痛めていた企業から発注が相次いだ。それも大手企業の研究所など、先端的な研究をしているところから難しいチタンやアルミの加工を多数依頼されたという。
高価な機械を使うよりも人間の手作業に戻る人間の手でもアルミの高品質な溶接が可能になった そんな大切な機械を未練もなく手放してしまった。  機械が古くなったからではない。電子ビームのようなハイテクを使わなくても、TIG(ティグ)溶接と呼ばれる古くからある手法で厚いアルミ製品の溶接ができるようになったからである。  ハイテクからローテクへの回帰と言えるが、その方が実は儲かるのだ。  「当社の商品の柱の1つである真空チャンバーは高い気密性が要求されます。溶接したところにスが入ってしまうとそこから気体が漏れ出して使い物になりません。電子ビーム溶接なら、そうした心配がほとんどなくなるのですが、実は欠点もあります」  真空中で加工するために、溶接物を真空チャンバー内に入れて真空に引かなければならない。加工のための段取りが大変で時間とコストがかかる。  そして最大の欠点は、溶接する装置の裏側から溶接ができないということだった。長い焦点距離を必要とするからで、1方向からだけの溶接で済むならいいのだが、反対側からの溶接が必要になるとお手上げになってしまう。  「新しい素材の溶接に取り組むのに、初めは電子ビームが大変役に立ちましたが、そうした素材の溶接に慣れてくると、ノウハウがたまって空気中で人が手で溶接しても高い品質を得られるようになったのです」
設備はしょせん道具に過ぎず変化への対応が難しい 電子ビームという新しい装置によって難しい材料の溶接の世界に入り、ノウハウを蓄積して人間の技を磨いてコストを下げ品質を上げる――。人間の技を機械に置き換えてコストを下げる従来の一般的な手法とは全く正反対と言える。  しかも熟練の技ならどんなに複雑な形状の溶接物にも対応できる。現在、同社の売り上げの約6割を得意の溶接技術を生かした真空チャンバーが占める。半導体や液晶製造装置に使われる装置で、世界的に半導体や液晶の生産が増えていることから数多くの受注残を抱えている。  「設備はしょせん道具に過ぎません。道具があるからそれでできる仕事をするのではなく、自分たちが何をしたいのか、何を作って売りたいのかを考えることが大切です。設備に固執するとめまぐるしく変化する世の中に対応するのが難しくなってしまいます」
カナヤママシナリーは1954年、金山社長の父親である金山重宏氏が機械加工メーカーの金山鉄工所を設立したのが始まり。高度成長の波に乗って、順調に事業を拡大してきたが、バブル崩壊で日本の産業構造が大きく変わり始めると、ほかの鉄工所と同様に経営は苦しくなった。  取引先が何社も倒産し数十億円という資金を回収できなくなってしまった。何とか連鎖倒産だけは避けられたものの、その後は青息吐息に。
工場の中は腐った機械と高齢の社員だけに 重宏氏も病気を患い、大学の工学部を出て重宏氏の知り合いの鉄工所に勤めていた息子の宏明氏が26歳の若さで後を継いだ。  「工場の中は古い腐ったような機械しかないし、従業員の平均年齢は50歳弱と高くなっていたし、目の前が真っ暗という感じでした」  そこで若い宏明社長は乾坤一擲の決断をする。売上高が1億5000万円しかないのに5000万円もする最新型の5面加工機を購入したのだ。  「最後の力を振り絞って、ありったけのお金をかき集めました。周囲の人たちからは、そんなことをすれば会社を潰すだけだとバカ呼ばわりされましたが、父だけはお前が会社を潰すなら仕方がない。好きなようにやってみろと言われました」  若さがさせた決断とも言えるが、結果は吉と出た。北陸の有力企業であるコマツや津田駒工業などから受注が舞い込んだのである。  「汎用品から高付加価値な製品へと日本がシフトしていく中で、複雑な加工ができる企業なら仕事を出してみようと思ったのでしょう。世間が不況になっていく中で数多くの受注をいただきました」
高価な機械は大企業への営業の窓口となる 技術力はあってもそれをどう売り込むか。中小企業にとって最も頭の痛い問題だ。それを最新鋭の加工機を導入することで、解決したわけである。  その後導入した電子ビーム溶接機の導入も実は同じような狙いがあった。それまでほとんど取引ができなかったNECや日立製作所など大手の電機メーカーや機械メーカーの研究所などから大量の受注が舞い込んだ。  そして、乾坤一擲の設備導入にはもう1つ別の意図もあった。  「高齢化した従業員を何とか若返らせなければ企業は衰退してしまいます。しかし、腐ったような工作機械しか並んでいない企業に優秀な若者が来てくれるはずがありません。最新鋭の機械は若い技術者を惹きつけるためにも必要だったのです」  その狙いも当たり、現在、カナヤママシナリーの従業員の平均年齢は30歳を下回るまでに下がった。金山社長が経営を引き継いでから20歳も若返ったことになる。  しかし、その5面加工機も電子ビーム溶接機同様、売り払ってしまい今はない。一定の役目を終えたら、世間の激しい構造変化に対応するために未練なく処分すべきだという金山社長の方針があるからだ。  現在、カナヤママシナリーでは事業の6割を占める真空チャンバー事業に加えて、プリント基板にメッキ処理などをする電子デバイス事業、車椅子などの福祉事業が3つの柱になっている。電子デバイス事業は、大手の電機メーカーとの関係が強化した事業と言える。
車椅子のベンツを開発、日本よりも中国市場に注力 もう1つの福祉事業が現在、金山社長が最も力を入れている事業である。  1999年に車椅子の製造販売を始めた。しかし、普通の車椅子ではない。最高級の製品、いわば「車椅子のベンツ」を目指した。  「日本で車椅子と言うと、介護保険で支給される規格品がほとんどでした。しかし、それは支給されるから仕方なく乗るという製品でしかなく、乗る人のことを徹底的に考えて作られているかと言うと残念ながら違います。私たちは、長く乗っていても床ずれを起こしたり腰を痛めたりしないような、乗る人のことを最優先する製品の開発を目指したのです。少子高齢化時代に入り、かつお金をたくさん持った団塊の世代が介護が必要になってくれば、そうした規格品では満足されないはずです」  そうした意図で同社が開発し販売し始めた「楽歩(らっぽ)」の基本価格は38万円。いわゆる規格品と呼ばれる車椅子の販売価格は8万円なので価格差は実に30万円もある。  販売を始めると高級な車椅子として有名になった。「芸術品」との異名ももらったと言う。  しかし、販売は思ったほど伸びなかった。  「残念ながら日本では市場にまだ火がついていません。でも、米国や台湾では少しずつですが着実に売れるようになり、高級ブランドとして認知されるようになってきました。海外から先に火がつきそうです」  金山社長は今、毎月のように中国に飛んでいる。中国市場を開拓するためだ。  「コピー天国の中国に製品を持っていったら真似されるだけ。やめなさいとよく言われました。しかし、たとえ真似されてもこうした製品が市場に多く出てくることの方が大切です。しかも、中国は人口が多いうえにやはり少子高齢化が急速に進んでいます。この市場は極めて大切です」
技術よりも経営の時代が到来介護保険制度改革で急に売れ出した歩行補助機 カナヤママシナリーの売上高は95年12月期に6億8900万円(帝国データバンク調べ)。利益はほとんど出ていないが、真空チャンバーや電子デバイスで稼いだ利益を車椅子の事業や研究開発につぎ込んでいるためだ。  なぜ、車椅子の事業にこだわるのか。次の時代をにらんでいることはもちろんだが、もう1つ、中小企業の弱点ともいえる安定した成長のためでもある。  真空チャンバーは受注してから製品の納入までに1年以上かかる場合がある気の長い商売だ。一方の電子デバイスは毎日のように製品が変わる気の短い商売。その中間に車椅子などの介護機器事業がある。  「それぞれの製品にはサイクルの波があります。山もあれば谷もある。3つのサイクルの周波数が違った製品を持つことで、谷を埋めて安定した成長が期待できるのです」  また、利益を出すことよりも研究開発に資金を投じることに重点を置く。  「市場や取引がグローバル化している中で、中小企業であっても開発に重点を置かないと、すぐに淘汰の危機に直面してしまう。手間はかかっても自分のブランドを築くことができれば、逆に市場は世界に広がる。技術力もさることながら経営力が問われている時代なのです」
 失われた10年、15年と言われた間に起こった日本経済の大きな構造変化。その波にのまれることなく、むしろ構造変化をチャンスととらえてたくましく成長している中小企業の姿があった。

Monday, July 02, 2007

中国人をどう管理するか?(1)

中国人をどう管理するか?(1)
今回次回と「中国人をどう管理するか?」という議題で話を進めていきます。今回は私の経験から「人事権があってこそ、中国人スタッフを管理することができる」という側面を、説明していきます。日本人は組織を重視し、人事権があろうとなかろうと、組織内の上役を尊重して仕事をすることが多いと思われます。一方中国では、市場経済が安定し始めてから間もないために、概して中国人は日本人ほどは組織を信じておらず、誰に人事権があるかどうかで、動く傾向にあるということを指摘していきます。逆に中国人は、人事権や、評価権がない人物を尊重しない傾向もあるので、若手日本人社員に人事権、もしくは評価権を与えずに中国に派遣することは暴挙であるということも、指摘していきます。日本人の若手駐在員の悩み先日北京である会食に参加した席で、日本人の若手駐在員Aさんの悩みを聞きました。Aさんは駐在員事務所で勤務していますが、その駐在員事務所は、北京で開設されてから既に10年以上になります。現在日本人は所長とAさんだけで、あとは中国人スタッフで構成されています。中国人スタッフは、いずれも10年選手ばかりですから、所長やAさんよりも事務所業務に精通しており、所長がいるところでは熱心に仕事をしているふりをしているものの、日本人がAさんだけになると、明らかに手を抜きます。Aさんがたしなめても言うことを聞きません。困り果てたAさんは、所長に相談をして、所長からスタッフをたしなめて貰うことにしました。その結果、その場ではスタッフは言うことを聞きます。所長にはスタッフを抑える実力があり、Aさんにはその実力がないのでしょうか?人事権のない上司は軽視される所長とAさんの違いはどこにあるでしょう。最大の違いは「所長には人事権や評価権があって、Aさんには全くない」という部分にあります。中国人スタッフが所長の言うことを聞いているのは、所長に人事権と評価権があり、所長の評価で自分たちの給与が決定されるからです。「所長の評価により、自分たちの給与が決定される」からこそ、中国人は人事権のある上司を非常に重視しています。人事権のない人に対しては、その人物に圧倒的な実力や迫力がある場合を除き、「自分たちへの影響がない」と軽視するのが普通です。中国ではまだ市場経済が発展し始めたばかりです。そのため日本のような終身雇用の概念は全くありません。実際に転職も盛んですし、「中国企業自体に長期的展望がない」ということもしばしばあります。日系企業では長期勤務の中国人スタッフも少なくないですが、「他によい職場がないために結果的に長く働いている」にすぎないというケースも少なくはなく、中国人スタッフには「組織あっての自分」という意識は希薄であると考えられます。つまり多くの中国人スタッフにとっては「人事権を持つ者が、自分をどう評価するか?」が最も重要なのです。更に付け加えますと、中国人スタッフは自分がポストを失うことを恐れていますから、「職場にとって必要な人間」と思われるために、自分で仕事を抱え込む傾向が見られます。「自分がいないと、職場が回っていかない。」という方向を目指しており、同僚に仕事を教えず、業務のマニュアル化が進まない状況になりがちです。ですから冒頭のAさんには、とてもやりにくい環境にあったと思われます。中国経験が浅く仕事への理解が浅いばかりでなく、人事権がないために中国人スタッフに軽視されますし、中国の仕事を理解しようと思っても、中国人スタッフが仕事を抱えていて仕事を教えてもらえないのです。Aさんがこの事務所に存在していられるのは、所長との信頼関係があるからゆえだと私は考えます。所長がAさんの報告を信じているから、Aさんはここに居られるのです。もし所長とAさんの関係が悪いのであれば、Aさんは存在が難しくなっていきます。中国人スタッフにとっては、Aさんは「人事権も評価権もないけれど、自分達より給与が高く、自分たちを監視する存在」であり、場合によっては邪魔な存在と認識される可能性があるからです。最悪の場合を考えます。もし所長とAさんの関係が良好でなく、かつ中国人スタッフの質が悪くて、例えばバックマージンに手を染めるなどの理由で、職場を自分の思うように操りたいと考えている場合は、悲惨な状況になります。中国人スタッフはAさんの言うことに全て反発し、ブラックメールを書いたり、悪い噂を流すなどしてAさんの欠点を誇示し、「Aさんには、現地を治める管理能力がない」ということを所長や本社に印象付けます。Aさんがいなくなることにより、監視の目を一つ取り除くことができますし、Aさんが占めていた「副所長」の座を得て、給与を増やすことができるかも知れません。監視の目も緩みます。90年代には、ブラックメールや悪い噂などを通じて、バックマージンに手を染めていた中国人スタッフが、Aさんと同等の立場の駐在員を、追い出してしまったケースを幾つか聞いたことがあります。その場合、監視の目を失った現地は、たちまち赤字となります。日本には「火のないところに煙は立たず」という諺があり、「目的があるから事実を捏造する」ということが理解されていなかったために、このようなことが発生したのだと思います。ただし現在ではそういうことは少なくなっています。中国でのノウハウが知られてきたため、以前よりも中国人スタッフが長期的視野に立って働くようになってきたからだと思われます。日本人に人事権や評価権を与えよう現地の日本人に人事権や評価権を与え、それを現地にも明確に明示しておけば、ブラックメールを送りつけられて本社が混乱すること、その結果現地が混乱することが、確実に減ります。現地に人事権を与えても更に本社にブラックメールが送られてきた場合は、まずは何も言わずにじっくりと観察し、真偽を判断する必要があると思います。ブラックメールにいちいち反応していた場合、現地に「ブラックメールで、本社をコントロールすることができる」という認識を与え、現地でブラックメールを活用した権力争いが発生することもあります。その場合、現地の団結力が失われ、利益が生み出しにくくなります。また現地事務所、現地法人の所長は、同じく日本から派遣された日本人の若手社員の待遇に気を配る必要があると思います。「若手駐在員には人事権は与えないが、中国人スタッフの評価権を与える」などです。こうすることは、所長自身にとってもメリットがあります。若手駐在員に評価権があれば、質が悪い中国人スタッフでも、所長がいなくとも、若手駐在員がいれば、きちんと仕事をするものです。また評価権を与えることにより、中国人スタッフから見て、若手駐在員が邪魔な存在ではなくなり、中国人スタッフのボイコットや、ブラックメールに所長自身が悩まされることが回避できます。中国人スタッフの「人事権がある者を尊重する」という傾向を理解して、ビジネスに役立てて欲しいものだと思います。また「人事権がある者を尊重する」という中国人スタッフの考え方は、「組織あっての自分」という考えが希薄であるところにありますので、そういった考えを打破すべく、中国人スタッフが夢をもつことのできるような組織作りも必要なのではないでしょうか。
工場を上手く回転させるために、中国人労働者に「我々が求める常識」について、みっちり教えていく必要があり、教育次第では、日本以上の成果が上がるということを指摘しました。今回は「褒章と罰則」という、いわば「飴と鞭」を活用しながら、労働者を管理していく必要があるということを、述べていきます。
罰金が伴わない規則は守られない
私はいつも自宅近くのローカルの美容室を活用しています。先日、残業の後に美容室に行ったところ、オーナーがいなかったために、10人程の従業員がだらけきって過ごしていました。彼等は私が入ってきたのを確認すると、勝手にテレビの歌番組を点けはじめます。従業員二人掛かりで毛を染めてもらいましたが、テレビに美しいアイドルが登場すると、従業員はポカンと口を開けながら、ボーッとテレビに見入り、手を休めてしまいます。
あまりの見入りっぷりに、「あんたたちは、そんなにテレビが好きなのか?」と聞いたところ、面白い回答が返ってきました。なんでも、その美容室ではお客がいる時でなければテレビを見ることが許されず、お客がいないときに勝手にテレビを見ているのがオーナーに見つかった場合、一人当たり50元の罰金になるのだそうです。彼等の月給は600-800元程度でしょうから、罰金は正直、痛いはずです。今回の情景は、うるさいオーナーが留守で、お客がたった一人の時に、従業員が、普段はゆっくり見られないテレビを、憚ることなく、十二分楽しむということだったようです。
日本でも、例えば「遅刻はいけない」など勤務上のルールはありますが、一般的に従業員の自覚が強いですから、罰金を設けなくても、たいていルールは守られていると思います。しかし、ここ中国では「規則で禁止されている」と口で言っただけでは、なかなかルールは守られません。
最近の中国の交通マナーは10年前と比べれば格段に向上していますが、それは道路警察部門が交通違反の取り締まりに力を入れているからです。1990年代後半、私は社用車で通勤していましたが、会社の運転手さんの運転は警察官がいるところと、いないところ、或いは監視カメラがある場所と無い場所では、明らかに違う運転をしていました。現在の道路警察部門は更に強化されていて、立体橋の上などの監視カメラから高速道路を撮影し、交通違反の車両のナンバーをチェックして、罰金を科したり、インターチェンジで検問を行ったりしています。我が家の車も、違法駐車でレッカー車に運ばれ、罰金を取られたことがあります
罰則をどう活用するか
上述の美容室のように、中国で従業員を管理しようと考える場合には、「(1)ルールと罰則を定める、(2)罰則の判定者と執行者を定める、(3)ルールと罰則を実行する」の3点が非常に重要になってきます。
「(1)ルールと罰則を定める」については、そのルールは誰もが納得できるものでなければなりません。また、罰則は段階的に定める必要があります。美容室のケースでは、お客もいないのに従業員がだらだらテレビを見ているのは気風としてよくないものでしょう。また「オーナーの発見1回で1人50元」というのは、妥当なレベルだとも思います。例えばすぐに解雇にしたら、感情面でのトラブルになります。
「(2)罰則の判定者と執行者を定める」も重要です。この美容室の場合は小規模ですから、判定者も執行者もオーナーでいのですが、ある程度の規模の会社の場合、10人をまとめる単位くらいの班長レベルに人事権を与え、評価に当たらせ、部下を監視させることは有効です。班長からの報告の上で、中国人責任者に罰則の判定と執行に当たらせることも必要です。普段から部下と接触があるものにより判断材料を提供させるということで、「普段の状況を見ずに判断している」という批判をかわすことができます。
温情は「えこひいき」と誤解を与える危険性
最後に、特に「(3)ルールと罰則を実行する」はとても重要です。日本的思考では、性善説が働き、ルール違反が発生しても、「温情」としてうやむやに処理されてしまうことが、往々にしてあると思います。「温情を発すれば、温情に報いて二度と同じ過ちを犯さない」という認識がそこに働いているのだと思いますし、実際に日本ではそれが有効だと思います。
しかし、ここ中国においては、ルール違反はルール違反として、処理を実行することを私は勧めます。これは私が経験したことでもあるのですが、ルールと罰則を定めてもそれを実行しなければ「どうせ口だけ」と労働者に舐められます。誰か一人のルール違反を見逃した場合、「どうしてAさんは許されたのに、私には許されないのだ?」という議論に至ります。その場合、最終的に、誰もルールを守らなくなり、そればかりか「原さんは公平でない人」と批判を浴びることになります。例えば「注意3回で解雇」という規定があるならば、罰則の判定者と執行者は、それを実行しなければなりません。
「厳格に処理することで恨まれないか?」という心配があるでしょう。しかし中国人は論理を重んじますから、「そういうルールだ」ということを公に明確にし、誰の目から見てもそれが公平な罰則基準、公平な判断、公平な執行であれば、恨まれることは、まずないはずです。中国でルール違反が少なくないからこそ、逆にそこに温情をさしはさんだ場合、公平でないとみなされる危険性があります。またルール違反が行われたかの判定は、われわれ日本人ビジネスパーソンが直接行うのではなく、常日頃労働者を束ねている、中国人責任者に任せるのが適切だと思います
中国人は誉められるのを好む
規則を守らせるためには、罰金が有効だということを述べましたが、厳しさだけでは、従業員の心をつかむことができません。どこの国でも、職場が楽しく、良いコミュニケーションが取れていれば、作業能率が上がるというものです。ですから、ルール違反については厳しく対処すべきですが、それ以外の時間は、もちろん仕事はまじめに取り組む必要がありますが、それと同時に軽い冗談でも言いながら、明るい態度で従業員に接し、楽しく仕事をするのが適切です。つまり「鞭」だけでなく、「飴」が非常に重要ということです。
特に、中国人従業員に対しては、「教えたとおりに動く場合にはメリットがあり、教えたとおりに動かなかった場合にはデメリットがある」ということを、体現していく必要があるのです。そのために表彰するということはとても重要です。
中国では、「誉める」という行為が徹底して行われています。中国のローカルのレストランや工場などへ行くと、入り口のところなどに、「今月の模範労働者」の顔写真とサービス番号が掲示されているのを、読者の皆さんは見たことがありませんか?
中国企業では、こうした表彰をし、場合によっては更にそれに賞金を加えていくという方法が、よく採用されています。例えばこの写真は天津の新聞社のものですが、優秀な「発行員」については、このように新聞紙上で、名前付で表彰されます。
我々日本は「出る杭は打たれる」の国ですから、働きが良くても大きく表彰されることを好まない人も少なくないようです。「他の従業員に妬まれるんじゃないか?」とか「えこひいきを受けていると疑われそう。」などです。中国でも表彰を巡ってこのような感情が渦巻くことがあります。しかし「人事権のある責任者複数が協議の上、対象者を選び、表彰を担当する」という前提を守れば、素直に受け入れられますし、過去の原稿でも述べたように、中国はアピールの国ですから、表彰を受けた人は素直に喜ぶものです。
工場に派遣されていた時代には、中国人労働者の管理を巡って、私もとても頭を悩ませたものですが、中国人責任者の力を借り、「飴と鞭」すなわち、「褒章と罰則」をうまく活用すれば、ある程度、管理はうまくいくものです。工場の管理は、日本人ビジネスパーソンがどれだけ中国人の考え方を理解しているか、それを活用できるかで、決まります。是非良い成果をあげていただきたいものだと思っています。
中国の工場では、我々日本人ビジネスパーソンは、中国人労働者を束ねていかなければなりません。今回から2回に分けて、(1)「中国人労働者の常識が、我々日本人が考え、要求する常識とは異なる」事をよく理解し、1から10まで手取り足取り教えていく覚悟をもつこと、(2)褒章と罰則という、いわば「飴と鞭」を活用しながら、労働者を管理していく必要があるということを、述べていきます。
労働者の質が違うから、不合格率が高い
先日、中国南方に出張した折に、以前某日本企業の北京事務所所長をしていた日本人の友人と会う機会がありました。彼は定年退職を機に当時の会社を退職し、中国でのビジネス歴を買われて、現在深せんの工場で管理と営業を担当しています。
「日本企業の本社は、日本と中国で同じものが作れると勘違いしている。しかし深せんの田舎では、集まってくる労働者の質が劣るから、当然製品の合格率も違う。不合格率が大きいから、たとえ労働力が安くても、そう利益が上げられないのに、それを本社が理解してくれない」というのが彼の意見です。
私自身も食品会社駐在員時代の1997年、食品工場での勤務を経験しています。工場勤務全般を通じ、強く感じたのが「中国人労働者の常識は、日本本社や私の要求する常識とは異なる」ということでした。
食品工場は、北京市の北郊外に設立されましたが、周囲は見渡す限りの麦畑で、何もない、とても寂しい土地でした。集まってくる労働者は、北京郊外の農民や、安徽省河北省東北などからの出稼ぎ労働者で、学歴も殆どが中学卒。小学校を禄にでていないような人材もいました。
手を洗わない、紙を使わない
まず、生活習慣が違いました。汚い話ですが、水の節約のためかトイレは流さないのが当たり前。女性の場合、小便の時には紙も使っていないようでした。用を済ませた後も、食品を扱っているのにも関わらず、指先しか洗っていません。シャワーもろくに使っていないようで、汚れた襟の服を着て出勤していました。
地域にもよりますが、おおむね中国の農村部は貧しく、農村の農民はレンガを積んで作った簡素な家に住んでいます。住環境も良好とはいえず、絶えず隙間風や土埃が家の中に入ってきます。
また紙や水や燃料を節約したいという考えがあるようで、用便後の紙の使用量もたいへん少ないですし、農村部では使用済みの紙をそのまま燃料として使っているようです。水も貴重ですから、大量に使用することはしません。農村部では各戸がお湯を沸かし沐浴をしますから、冬季などは住環境の悪さや寒さも手伝って、充分に沐浴しない人も多いようです。ですから農村部に工場を作るのであれば、シャワーなどの福利施設が絶対に必要です。
工場では備品の盗難も
もちろん道徳の面も違います。一部の高級なオフィスやショッピングセンターなどを除いて、私が在籍した工場はもちろん、中国の庶民向けのトイレには紙が置かれていません。貧しい人も少なくないので、管理責任者が見ていなければ、紙が盗まれてしまうからです。
工場では備品がしばしば盗まれました。トイレの紙ばかりでなく、液体石鹸を入れる箱や、ペーパーホルダーまでが盗まれてしまったのに驚いた覚えがあります。ちなみに盗難については、労働者に自覚や公共心があると盲信するのを辞め、カギを掛け、カギの管理者とその管理責任を明確に定めれば、おおよそ防止することができます。
またごみを平気でそのへんに散らかし、ゴミをゴミ箱にきちんと入れる習慣がないという問題もあります。
私が中国を初めて訪問したのは1992年でしたが、当時北京の公園に設置されていたゴミ箱に「果皮箱(果物の皮入れ)」と書いてあったのが印象に残っています。最近まで、中国で発生するごみは、果物の皮や、野菜の皮などの生ごみが主体で、ビニール包装やプラスチックごみなどが非常に少なかったのです。最近まで「すべてが土に帰るようなゴミばかり」という生活を送ってきており、発生するゴミ自体もたいへん少なかったのですから、分別するとか、きちんとゴミ箱に捨てるという習慣がないのも納得できます。
モノをきちんと整理整頓するという習慣に欠けた労働者も少なくありません。それは最近まで中国の農村部ではモノがない生活を送ってきたのであり、モノがないということは、整理整頓の必要がなかったということだからだと思います。現在でも、貧しい農村部の農家に行くと、布団と煮炊きの道具、備蓄食糧があるだけで、家の中には何もありません。こういったところから出てきた人達が、整理整頓の意識に欠けていても、当然なのです。
「労働者のレベルが低い」ことを怒るのは、お門違い
労働意識ももちろん違います。拙稿「中国における責任とは?」でも指摘したように、出来の悪い機械のように言いつけられた作業だけを行うことを仕事だと考えている労働者も多くいます。勤務時間中であっても、人事権のある人間が見ていなければ平気で私語を交わし、会話に夢中になって、手を動かしません。また例えば工場の工程に「A→B→C」というプロセスがあってそれを技術者が教えても、慣れてしまうと労働者が勝手に自分で判断し、Bのプロセスを勝手に省略してしまったりもします。
正直、工場に配属された当初は、こういった労働者を見て、中国人労働者のレベルの低いことに怒りを感じたものです。蘇州の工場に派遣されている知人も、「社内では、本来は家庭や学校や社会が行うべき躾を、社員に教育している。中国工場設立こそが、中国社会への社会貢献だと思う」と話しています。知人は、労働者に対して、何から何まで教えなければならないということに、苛立ちを感じているようです。
国際的に通用する常識と、教育レベルがある中国人も多いのですが、そういった中国人は月給600~1000元程度で工場に雇われることを好みません。もっといい仕事を探すか、いい仕事がなければニートになります。ですから当然、工場に集まってくる労働者のレベルはそれなりのものになります。我々日本企業も、安い人件費を求めて中国に出てきている以上、「中国人労働者のレベルが低い。」と怒るのはお門違いというものです。
なぜ、「中国人労働者のレベルが低い。」と思ってしまうのでしょう? それは我々日本人ビジネスパーソンが、「中国人労働者が、日本人労働者と同様な働きができて当然」と思い込んでいて、それを中国人労働者に押し付けているからです。イライラしたときこそ、自分を振り返ってみることが必要です。
労働者の背景を知り、一から十までみっちり教える
私は、中国人労働者の働き振りについて、イライラしてもはじまらないと思っています。労働者が経てきた生活環境と、日本人ビジネスパーソンが経てきた生活環境は、全く別のものだからです。だからこそ、私は日本人ビジネスパーソンに、地方の寒村に行き、中国の貧困を見ることを薦めます。先程触れたように、地方の寒村では、寝具と調理具、備蓄の食糧以外は何もない家も少なくないです。いまだに洞窟に住んでいる人々もいます。こうした貧しさを見れば、「できなくて当然、分からなくて当然」と、心の底から納得がいくと思います。
中国人労働者の多くは、日本の本社や日本人ビジネスパーソンが求める常識を見たこともなければ、聞いたこともないという状況であり、我々日本人ビジネスパーソンの要求自体を理解できないのです。
我々日本人ビジネスパーソンとしては、「中国人労働者が我々の常識を理解できない」ということを、理解しながら、労働者に対峙していかなければなりません。そして、中国人幹部の力を借りながら、労働者に一から十まで、みっちり教えていくのです。
前述の蘇州の知人は、中国人労働者に対し、毎日のように、「使用後トイレの水は流しなさい。トイレに異物を流すのは止めなさい。手は手の甲までしっかり洗いなさい。トイレのスリッパを脱いだ後はそろえなさい。トイレのドアは、手を良く拭いてから開閉しなさい。椅子使用後はテーブル側に寄せなさい。備品は使ったらきちんと戻しなさい。ゴミはゴミ箱に入れなさい。事務所エリアで大音量の携帯着メロを設定するのは止めなさい。ドアは静かに閉めなさい。廊下を歩きながら果物を食べるのは止めなさい、……」など、一から十まで、教えているそうです。
中国人労働者ならではのメリットも
上記のように書いていくと「中国での工場立ち上げは、苦労ばかりで、人件費以外に、ちっともメリットがないじゃないか?」という意見になると思います。
私はそうでもないと思っています。ありがたいことに、中国は目覚しい発展を続けており、多くの中国人には向上心があります。多くの中国人は、合理的で、自分のためになると思ったことはよく学んでくれるように、私は思います。褒賞と罰則を上手く使い分ければ、学んで実行してくれる中国人労働者は多いと思います。
また中国の労働市場では、若い労働力が集まるというメリットがあります。「日本の工場労働者は中年以上の女性がほとんど。しかし中国では10代~20代の若い女性も集まる。もちろん基準について明確に教える必要があるが、目のいい労働者を集めることができるから、精密部品の製造や、検査には有利」とは、精密工場勤務のある駐在員の弁である。
つまり、教育の成果次第で、日本以上の成果が期待できるというのが、中国の工場なのだと思います。
中国の工場は、日本人ビジネスパーソンによる人材教育に掛かっています。そのあたりの苦労を、是非日本の本社にも理解して欲しいものだと、工場駐在経験者としては、願ってやみません。

ミートホープ、NOVA、コムスン 3つの企業の挫折が物語ること

ここのところ相次いで似たような事件が3件起きている。一つは、折口雅博会長が率いるグッドウィル・グループの「コムスン」、もう一つは、“駅前留学”の「NOVA」、さらにもう一つは、北海道苫小牧市の食肉製造加工会社「ミートホープ」の事件だ。3つの企業の挫折折口氏がコムスンを買収したとき、僕は「いいセンスだなあ」と思った。介護保険ができて、「これからは介護の時代だ」と、新しいマーケットに乗り込んだ彼を、なかなか面白いと思った。「ジュリアナ東京」や「ヴェルファーレ」といったバブル時代のディスコの成功から、全く趣の異なる介護への転身とは面白い、今度は介護の世界でどんな活躍を見せてくれるのかと期待していた。そして、コムスンはどんどん大きくなり、いわゆる“出前介護”では日本一になった。英会話教室のNOVAについても、いつの間にかどこへ行ってもNOVAの看板が目に入るようになったし、“駅前留学”というキャッチフレーズも上手い。ミートホープという会社については、僕は詳しくは知らなかったが、なかなか繁盛しているということだった。これらの3つの会社が、ここにきていずれも法を犯していたことが発覚して、挫折した。3つの企業にみる共通の問題点新しくのし上がる会社というのはたいてい非難を受ける。それは堀江貴文氏の「ライブドア」にしても村上世彰氏の「村上ファンド」にしても同じである。今度僕が『正義の罠』で書いた「リクルート」もそうだった。新しい者がのし上がると、旧体制の企業たちは脅威に感じて仲間にしない。そして何か事あるごとに非難する。マスコミも、“強きを助け、弱気を挫く”から、新興企業を叩く。こういうことを何度も見てきたから、僕は「新興企業には何とか伸びて欲しい」といつも思っているのだ。特に、コムスンやNOVAは、どこまで伸びるのかと期待していたら挫折してしまった。コムスンの場合は、コムスンの失敗というよりは、厚生労働省の方が悪いという面もあるのではないのか。新しい介護市場開拓にあたって、折口雅博という、何でもバーンと飛びつく人間を上手く使って、コムスンで実験をしてみたのではないか。コムスンはその期待に応えようと頑張ったが、どうももともと描いていたビジネスモデルに無理があって破綻した。そして破綻を誤魔化し誤魔化し、逃げ切ろうとしたが逃げ切れなかった。NOVAの場合は、基本的マネジメントに問題があった。一番は講師の問題だった。多くの講師を簡単に集めるのだが、その契約などを巡って様々な問題が起き、内部告発された。もちろんお客さんに対しても、マネジメントの問題でトラブルが起きた。ミートホープもそうだ。基本的な経営体質に問題があったのだ。残念なことだが、ベンチャー企業というのは、どこかで勤めた経験がある人が始めると上手くいくことが多い。例えば、「ローソン」の新浪剛史社長や、「マネックス証券」の松本大社長などだ。本当に上手くいっていると言えるか定かではないが、「楽天」の三木谷浩史社長もそうだ。三木谷氏はかつて興銀にいた。勤めた経験のある人が、ベンチャーでも上手くいく。それはなぜかというと、勤めることで社会を知るからだ。立体的な人間関係がマネジメント力につながる今、学校の中がバラバラで、特に公立学校では問題が多発しているということがよく言われるが、それは「人間の立体的関係」がないからだ。昔は地域があったので、自分の周りにたくさんの先輩がいた。先輩がいて、同輩がいて、そのうちに後輩も出てくる。このような立体的な相互関係の中で、人間同士の間で絶対に守らなくてはならないことや、裏切ってはならないこと、信頼されるためにはどうしなければならないか、ということを学ぶ。勤めた経験のある人は、会社という組織の中で否応無しにこれを体験する。先輩・同輩・後輩との関係の中で、ギリギリの人間関係を保つためのルールや、あまり言葉はよくないかも知れないが倫理のようなもの、あるいは、チームワークのようなものを覚えていくのだ。ところが、失敗する経営者たちは、のし上がりはするが、チームワークの経験がない。チームワークの経験がないと、独裁者になってしまい、自分にとって都合のよい流儀を強いてしまう。気に入らないものはすぐに首を切ってしまうこともある。そういった矛盾のようなものが、今出てきたと感じている。失敗するベンチャー経営者の多くが、かつて勤めた経験がなく、立体的な人間関係を経験していない。折口氏は、日本ユニバック(現・日本ユニシス)や日商岩井(現・双日)に入社した経験があるが、すぐに辞めている。立体的な人間関係というのはマネジメントにつながる。多くの企業がこの管理・経営の部分で欠陥が次々と露呈するというのは、まことに残念なことだと感じていた。徹底的な自己保身の官僚が犯した過ちところが、この人間関係や管理ということだけで生きているはずの人たちが同じエラーをやらかした。これが社会保険庁だ。官僚というのは、「省あって国なし」。そして、絶対に自己保身で保守的であり、革新的ではあり得ない。絶対に自分たちの間違いは認めない。官僚が自分たちの間違いを決して認めないということの典型的な例が不良債権だ。バブルがはじけた後、不良債権がいっぱい出た。不良債権が出たということはどこかで金融政策を失敗したということになる。だが、これを認めたくないから不良債権を隠した。歴代の内閣がこれを隠し続けてつぶれていき、やっと小泉内閣でこの問題に取り組んだ。過ちを認めたくないから隠す。C型肝炎もそうだ。しかし、官僚は少なくともオペレーションはちゃんとやっていると思っていた。計算間違いはしないとかそういうことだ。ところが、オペレーションの部分で、社会保険庁が決定的に間違いを犯しているということが発覚した。そうなると、こいつらは何にもないじゃないか、ということになる。保身主義で、天下りは作るし、国のことやらずに省のことばかりしか考えないし、その上オペレーションまで間違えた。国民の怒りはこうした部分が大きい。許されない警視庁の情報流出もうひとつ最近起きたのが、警視庁の情報流出の問題だ。最初は26歳の巡査長がファイル交換ソフト「ウィニー」を使って、そこから1万件もの捜査情報が流れた。犯人や被害者のプライバシーも流れてしまった。よく調べると、その巡査長の上の巡査部長が情報を流していた。さらに、その巡査部長も何人もの警察官から情報をもらっていたことがわかた。そのネズミ算式に膨れ上がり、数十人、何百人という人間が情報をコピーし合ったり流し合っていたりした可能性がある。まったくの個人情報である捜査情報を、だ。いやしくも警官が捜査情報を流すとは、これは一番やっていけないことだ。どこかの企業で同じようなことが起きた場合、取り締まるのが警察官であるはずだ。警察官というのは、もし捜査が下手でなかなか犯人を捕まえることができなくても、「警察官とは何か」ということは心得ているものと信じていたら、その部分を履き違えてしまっていることが露呈した。哲学なき時代の腐敗が噴出コムスンやNOVA、ミートホープ、社会保険庁、警視庁。ここに来て、戦後の日本の悪い部分、あるいは腐敗した部分、抜け落ちた部分と言ってもよいかもしれないが、それが噴出しているように思う。これはいったい何なのか。かつて旧制高校のあった時代は、高校でカントやヘーゲル、ショーペンハウエルなど、「哲学」を学んだ。哲学を学ばないと正しい人間としては認められないということだった。アメリカでは博士号を哲学博士、phD(Doctor of Philosophy)という。医学博士でもphD。マックス・ウェーバーが「職業としての政治」ということを言い出して、「職業としての」という部分が重視されるようなってきたが、マックス・ウェーバーは「職業としての」ということを強調しても、そこには必ず道徳ということを置いていた。しかしだんだんと道徳が抜けて「職業として“プロ”である」ということが強調されるようになった。その“プロ”というのは、企業で言えば金をもうけるということだった。哲学でああだこうだ言ってもどうでもならない、哲学なんてくそ食らえだ、といわれて、哲学というものが一顧だにされない時代になってきた。そして“プロの時代”になった。重要なことが欠落したプロフェッショナルたち僕らもセミプロではなくプロになれと言ったし、日本のメディアも大きなところではプロの要請をやってきたと思う。ところが、プロとして重要なところが欠落したプロが氾濫してしまった。本来のプロとは何か。企業で言えばお客さんを大事にすることだ。お客さんのためになることをやる。ところがコムスンもNOVAもミートホープもお客さんを一顧だにしていない。金儲けばかり考えて客をまったく見ていなかった。客を見ていればこんな事件は起こるはずがない。同じように社会保険庁や警視庁も、自身が本来どういう存在なのかということをまったく見失っている。社会保険庁とは何か。それは「年金の掛け金を回収して65歳になったら払う」。非常に単純なことだ。ところが年金を払ってくれる人をまったく無視している。警察も、捜査をすることが大事なのであって、その捜査をする上で捜査情報というものはマル秘中のマル秘であるはずだ。それを集団で流出していた。官僚は税金で食っている、タックス・イーターなのに、タックス・ペイヤーのことをまったく考えていない。警察も街や地域の安全を守るべきはずなのに、その安全を脅かす情報を流した。プロ、プロと言い続けたら、金儲けがプロということになってしまった。今、「プロである」ということ自体が破綻してしまっている。これは、現代の日本の重大な問題だと思っている。哲学に戻れということを言っているのではない。もう一度「プロとは何か」をとことん考え直さなくてはならない、ということだ。プロとして一番大事なところが欠落してしまっていることに危機感を抱いている。いま改めて問われる「信頼」本当はこういうことを言うのは、僕は一番嫌いなのだ。説教ぽくて、年寄りのひがみだとも思う。しかし、ここまで相次いでまったく同じ質の事件が起きると訴えずにはいられない。谷垣禎一議員が「契り」ということを言ったが、そこが壊れたらどうしようもない。しかしそれを壊すことを平気でやっている。ここで宗教や教育ということ言い出すと、また違う方向へ行ってしまう。人間と人間の関係において、信頼し合える何かがあって、そこをお互いに裏切らないということが大切なのだと思う。こういう話題をすると、必ず「だから金儲けはだめなんだ」という道徳者が出てくるが、それは違うと思っている。金を儲けることはその商売を続けるためには不可決だ。金儲けは二の次にしろと言われることもあるが、そんなことをしたら会社は倒産するたけだ。僕は、目的が利益を上げることでもよいと思う。しかし、利益を上げ続けるためには信頼が何よりも大切なのだ。今、自由競争をするとモラル・ハザードが起きると言われているが、これは間違いだ。社民党的な方向へ行ってもモラル・ハザードは起きる。その一番良い例がソ連や北朝鮮だ。金儲けは大事だ。しかし、金を儲け、商売を続けていくためには、お客さんや関係事業者との信頼関係を続けることが何よりも大事なのだ。そこを再確認しなければならない。残念ながらコムスンらは、お客さんとの信頼関係を破った。村上氏も堀江氏もそうだ。この国にとっての「正義」とは何かさらに言いたいのは、今、政治がそこをわかっているのか、ということだ。社会保険庁もタックス・ペイヤーを無視し裏切り続けている。警察も、自身が何のために存在しているかということをまったく忘れている。ここに政治家が気づいているか、ということが問題だ。今、参議院選挙のために大事なことが忘れられている。人口減少社会の中で、一千兆円を超える借金をどうするのか。年金法を変えて税制を変えなければならないだろう。ところが、そういう肝心なところがまったく話題にならない。マスコミも、話題にならないことに危機感を持たない。このところマスコミは「安倍首相が何議席なら辞めるだろう」ということばかり騒いでいる。本人に「○○議席なら辞める」ということを言わせたくて仕方がないのだ。マスコミは、ミートホープや社会保険庁らを叩いているが、叩いているがマスコミも悪いことばかりやっている。NHKや放送内容の偽造問題など枚挙に遑がない。この国にとって「正義」とは何か、もう一度問い直してみる時期にきているのかもしれない。